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2.悪女
は?
その言葉に目が点になる。
「……何だって?」
僕はやっとそれだけ言った。
この時、僕の眉間には二本ばかり深刻なしわが寄っていたと思う。
何なんだ、この女。
最初に感じた憧れのような気持ちはきれいに吹き飛んで、僕は目の前にいるおかしな女を睨みつけた。
「急に何だよ」
「君、今、笑ったでしょ?」
女は顎を上げて、偉そうに言う。僕は速攻、首を横に振った。
「笑ってないよ」
「笑ったわ」
「笑ったとか何だとか、そんなのどうでもいいだろ。わけの判らんことを言うな」
話に夢中になっていた他の仲間たちも、騒ぎに気が付いて何事かとこっちを見る。
「何だよ、佐伯。お前の彼女?」
間の抜けた声で園田が言った。
いけすかない奴だ。そうじゃないことを知っていてわざと言ってやがる。赤井の友達でなければ一緒になんかいないのに。
園田に文句を言ってやろうと口を開きかけた時、突然、赤井がああ! と声を上げた。
「どっかで見たことあると思ったら、お前、高森だろ? U学園の高森佳絵だよな?」
赤井が意気込んでそう言うと、彼女の端正な顔がぐっと歪んだ。そして、僕にキッと鋭い一瞥をくれると、鮮やかにターンして小走りに店を出て行った。
「……何だ、あれ? やっぱ、お前、知っているんだ、あの女のこと」
改めて赤井を見ると、彼は訳知り顔でひとつ頷いて言った。
「やっと思い出したよ。あの女。高森佳絵っていうんだけど、相当な悪女だってよ」
「悪女?」
「ああ。近づかない方がいいぞ。あの綺麗な顔の裏にはこわーい顔が隠れているんだからな」
赤井に話しによると、高森佳絵はU学園ではかなりの問題児であるらしい。とんでもなく傲慢で男好き。これはと思った男をたらし込み、散々手玉に取って利用した揚句、情け容赦なくポイ捨てする。そのせいで、自殺未遂を起こした他校の男子生徒がいたらしく、当時は大問題になった。
U学園は名門のお嬢さま学校だ。名前に傷がつくのを恐れた学園のお偉いさんたちが高森を退学させようとしたらしいが、自殺未遂を起こした男子生徒本人が自殺を図ったことと高森は関係ないとU学園側に訴え、彼の両親からも穏便に済ませて欲しいと頼まれたことで、高森の退学の話は立ち消えた。
そういうわけで、今も高森はU学園にすました顔で通い続けていられるのだが、しかし、学園側に目を付けられていることには変わりなく、今度、何か問題を起こしたら退学処分だと言い渡されているらしい。
「で?」
僕は赤井をまじまじと見ながら言った。
「そんな女に、何で僕が馬鹿呼ばわりされなきゃならないんだ?」
「知るかよ。本人に直接聞けば?」
「……ふん。もう二度と会うことはないよ、あんなわけの判らん女」
「まあ、それがいいよ。お前なんか、あっという間にカモられちゃうから。笑えるなー」
「笑えねーよ」
憮然として僕は言った。
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