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3.再会
信じられないことが起こっていた。
どうして? 何の冗談? と一人でパニックに陥っているこの状況。僕はほとほと困り果てていた。誰が悪いというわけじゃない。だけど、僕だって悪くないんだって……!
このところ僕は気が付くと溜息ばかりついていた。
……忘れられないのだ、彼女のあの美しい瞳を。
いきなり馬鹿呼ばわりされたって言うのに、どうしてこんなに彼女のことが気になってしまうのか、自分でも判らない。
僕はイライラと一人っきりの部屋をうろついた。
一人で暮らすようになってもう一年が経とうとしている。
アメリカに二年間の転勤が決まった父親に付いて母親もアメリカに行ってしまったため、日本に残った僕はこうして一人きりで実家で暮らしているのだ。
家族のいない家の中はしんと静かだ。
普段なら、あれこれうるさい親がいないことは嬉しいことなのだけど、今のような気分の時はその静けさこそが耳障りだった。
ああ、気が滅入る。
そのまま、ベッドに転がり込んだ。
古いベッドがぎちぎち軋む。まるで泣いてでもいるようなその音に、一層、うんざりする。
泣きたいのはこっちだってば。
僕はもうこれ以上、高森佳絵のことを考えたくなくて、電気を消して布団にもぐりこんだ。夜の闇は現実逃避にもってこいだ。
★
僕が高森佳絵と再会したのは、それから二週間ほど経ってからだった。
その間、『ぐりーん』に行くたび、僕は意識的にあの時と同じ席に座り、仲間の話しを聞いている振りをして、実は店の入り口ばかりを気にしていた。
あの時のように、セーラー服姿の彼女がいつ、ふらりと入ってくるか判らないから。そんなことばかり考えていたから、話し掛けられても上の空で、生返事ばかりしていた。
「おいってば。佐伯、聞いてる?」
派手に赤井に頭を小突かれて、僕は慌てて彼に目を向けた。
「え。あ、何?」
「何ってお前」
慌てる僕を見て、赤井は救いがたいというように肩を竦める。それに乗っかるように園田が意味ありげに「ほらね」と笑う。
「何だよ」
園田のことはとりあえず無視して、僕は赤井に言った。視界の端に園田のにやけ顔がひっかるが、ここは感情を抑える。今、ここで喧嘩して、『ぐりーん』に出入り禁止にでもなったら、佳絵との接点がなくなってしまうからだ。
「お前、何考えてた?」
赤井は探るように僕を見る。その視線を何とかかわしながら言った。
「何って別に。話しを聞いていただけだよ」
「嘘つけ」
赤井はつんと肘で僕の脇腹を突く。
「最近、やたらと『ぐりーん』に来たがる割には、いつもぼーっとしてあんまり楽しそうじゃないし、そもそも、話も聞いてないだろ?」
「そ、そんなことないよ」
「ここにいる時だけじゃないぞ。学校でもこんな感じで、話しかけても上の空。なーに考えてんだよ?」
「え? そうだっけ?」
思わず、苦笑。
意識は無いけど、やっていそうな気がする。このところ、佳絵のことが頭を離れなかったから。
これはもしかして、かの有名な『一目惚れ』とかいう現象なんだろうか? まさか、自分の身に起こることになろうとは……。
「おいおい」
思わず、赤面してしまった僕に、赤井は呆れた声で言う。
「本気なのか?」
「え?」
「高森佳絵、なんだろ」
そう言ったのは、鬱陶しいことに園田だった。
「お前には関係ないだろ」
むっとして園田を睨む。いつも人を小馬鹿にしたような笑いを口元に漂わせているこいつが僕は大嫌いだった。
「今、赤井と話しているんだ、口を挟むな」
「それは失礼しました。でも、そんなこと言っていいのかな? 高森のこと、俺、結構詳しいんだけど? 知りたくないのかな?」
「どう詳しいんだよ?」
声が嫉妬で曇った。
自分でもしまったと思ったが、もうどうしようもない。他の連中が茶化すように口笛を吹くのが白々しく聞こえた。
「俺の昔の連れが高森と付き合っていたんだ。ああ、心配しなくていいよ、とうの昔に別れたから。だから、高森がどういう女かってこと、よーく知っているんだよね」
昔の連れ、と言った時、ふと園田の顔が悲しそうに見えたのは気のせいだったろうか。戸惑う僕に、園田はいつものにやけ顔に戻って言った。
「あの女、噂通りだよ。お前みたいな坊やをたらすのが上手いってよ」
「お前、何なんだよ」
もっと文句を言ってやろうと身を乗り出した時、僕の視界の端に今まで求めていたものが引っかかった。慌てて、店の入り口に目をやる。
彼女だ。
あの時のまま、セーラー服を着て、つんとした表情も変わらない。店の中をぐるりと見渡し、そして……僕を見た。
どうしよう。
どんな顔をしていいのか判らなくて、僕は途方にくれた。
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