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それからのことは覚えていない。
手元には閉じられた本。栞を挟んでいないため何処まで読んだかわからない。もしかしたら一ページも読んでいない可能性だってある。
「あ、起きた」
声で誰だかわかった。しかしそれを受け入れるのに時間がかかった。
「あれ、まだ寝ぼけてる?」
彼だ。
何故か、彼がいる。ジャージ姿で、俺の目の前に。
「すげえ寝てたね」
「ご、ごめん」
彼は吹き出して「なんで謝んの」と言った。笑顔すら美しい。色々な意味で恥ずかしくなった。
「あ、でも図書室の先生はちょっと睨んでたな。もうすぐ閉館時間だし」
時計を見るとあと少しで六時だ。
「俺が座ったら何も言わずにどっか行ったけど」
どうやら先生さえも彼の魅力にやられてしまったらしい。立場上まずいと思うが共感しかできない。
「な……、長嶋くんは」
「俺? 今日雨だからずっと筋トレだし、適当にやって抜けてきた」
俺の震える声に答えてくれる。
サボりだと思った。サボりは基本的に良くないことだが、彼が行うと何故だかお洒落でスマートな行動に思えてしまう。これは病気だ。長嶋病。
俺は立ち上がって言った。
「そっか……、じゃあ、もうそろそろ帰……」
えっ、と声が大きく出た。なぜなら、彼に手首を掴まれたからだ。
声が大きく出たのは、「帰る」の「え」のタイミングで掴まれたからなのか、それともただの感動詞なのか。いや、この際どっちでもいい。どうでもいい。しかしこんなことを考えていないと、手首に帯びた熱がそのうち全身にまわりそうで。
「あのさあ」
俺を見つめて呼びかける。
この後、何を言われるんだろう。そう思うと返事ができなかった。
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