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ヴァルターの場合、願ったことは美男子に生まれ変わることだったのだろう。当時の彼にとって、美男子になることが何より切実な願いだった、それだけのことだ。
「ちょっとやりすぎですよね、この顔は」
まるでアニカの心を読んだかのように、ヴァルターが言った。
「まぁ、気に入ってないこともないんですけど。……美しすぎて怖いといいますか」
「うん、ほんとにそう思う」
「容赦ないですね」
苦笑するヴァルターに腕を引かれながら、二人そろって歩いていく。
すれ違う使用人たちが会釈していく前を堂々と歩いて、そのまま屋敷の門をくぐった。大通りに出て、人の波に流れながら歩いていく。
「どこか行きたいところはありますか?」
「ないけど。……あ、じゃあ自宅」
「自宅、ですか」
きょとん、としたヴァルターに、アニカは頷く。
「そう。もともと、墓参りに帰ってきたの。五十年に一度だけだけど」
「もしかして、ここが故郷なんですか?」
「うん」
ヴァルターは驚いた顔をして、アニカに道を尋ねた。
「ちょっと遠いかな」
「帰りは屋根を伝って一気に帰れば大丈夫でしょう」
そう言って、ヴァルターはアニカの手を引いて歩き出した。
道行く人々の視線を一身に受けながらも、ヴァルターは涼しい顔であれやこれやと話題をくれる。繋いだ手を今すぐにでも放して逃げたい気持ちになったが、誠意をこめて話しかけてくれるヴァルターに、悪い気はしなかった。
逃げたいと思うのは、おもばゆい気持ちもあったかもしれない。
ずっと人との関わりを避けてきた分、どうやって接すればいいのかもよくわからなくなっていた。
結構歩いて橙色の陽光が当たりを染めはじめたころ、アニカは放置された屋敷の前までやってきた。
五十年に一度、真夜中に墓参りと称してここにやってくるのが、アニカのなかで決まり事になっている。
崩壊した壁の手前から、じっと屋敷を眺めた。
すぐ隣には、ヴァルターが立っていた。思えば、誰かとここに来たのは初めてだ。
「今じゃ、亡霊屋敷って呼ばれてるのよ、ここ」
「それは、また」
「二百年前に大量殺人があってね。あたしのせいなんだけど……それから、手つかずでここまで崩壊したんだって」
じっと立ち止っていると、すれ違う人々が奇異な視線を向けてくる。ヴァルターの美貌が目立つので、眺めるのもそこそこでその場を後にした。
(……やっぱり、少し懐かしい)
五十年に一度ここにくると言っても、深夜にこっそり侵入して自分の部屋があった場所でじっとしているくらいだ。もう、その場所すらあやふやな記憶になりつつあるけれど。
はぁ、と軽いため息に自嘲をのせる。
墓参りとは名ばかりの、傷心旅行に他ならない。
ロイのことは恨んでいないが、あの日、安易に生きたいと願ったことを、本当は少し後悔していた。
寿命が延びても一日が過ぎ去る速度は変わらないので、死を待つだけの日々にもいい加減飽きてきた。いつ頃死ねるのか、それだけが今のアニカの望みでもある。
だから、子どもを作りたいというヴァルターの気持ちもわからないではない。子どもが出来れば、この退屈な日々から逸脱できるような気がするから。
(でも、そんなことのために、子どもって作るもんじゃないわよね)
そう考えられるのは、アニカがまだ人でいる証のような気がして、そっと苦笑した。
俯いた拍子に繋いだままの手が見えて、こそばゆい気持ちを隠すように目を細めた。
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