2、

5/6
前へ
/27ページ
次へ
 昼食を終えてしばらくしたころ、その来客はやってきた。 「よっぽど暇なのね」  アニカは開いたドアの手前で、腕を組んでヴァルターを見上げた。 「入れていただけませんか」 「乙女の部屋に男一人通すと思うの?」 「お菓子をお持ちしました」 「……菓子で頷くほど子どもじゃないんだけど。でも、どうぞ。話くらいなら聞くわ」  ちょうど暇だったし、と告げて、ドアを大きく開く。  向かい合わせのソファに座ると、ヴァルターは机のうえに持ってきた菓子類を置いた。辺りを見回して茶器を見つけるとすぐに立ち上がり、紅茶を煎れ始める。  そういえば、使用人が毎朝湯の入れ替えをしてたっけ、と思い至る。茶器なんて使うことはないだろうと思っていただけに、明日湯を変えにきた使用人は、使った形跡があることに歓喜するだろう。  ヴァルターが煎れた紅茶を目の前に、アニカは足を組んで相手を睨みつけた。アニカの視線を受けてもヴァルターは涼しい顔を崩さず、ちまっとした菓子をつまみ、口へ放りこんでいる。 「こうしてゆったり紅茶をいただくのもいいですね」 「……そう?」  手をつけてやるつもりはなかったが、紅茶のいい香りに食欲を刺激されて、仕方がなく紅茶を口に運ぶ。ここ数日、きちんと食事をとっているせいか、ずっと忘れていた腹がすくという行為を思い出しつつあった。 紅茶は上品な葉を使用しているらしく、ふわりと懐かしさが胸を過ぎる。  まだ貴族であった日々を、自然と思い出した。  何も知らず、ただ遊んでいればよかったころは、まさか自分が不老長寿の化け物になるなんて、思ってはいなかった。 「ねぇ、ヴァルター」 「はい、なんでしょう?」 「本気で子どもが欲しいって思ってるの?」 「もちろんです」 「……そう」  それ以上は聞かなかった。もっと問い詰められると思ったのか、拍子抜けしたような顔をするヴァルターに、軽く笑ってやる。 「なに?」 「……聞かないのですか?」 「なにを」 「わたしが子どもを欲しがる理由です」 「自分で、退屈だからって言ったじゃない。あれ、嘘だって認めるのね」 「……そんな酷い言い方しましたか? 私」 「似たようなものでしょ」  紅茶カップを受け皿に戻しながら、アニカは菓子に手を伸ばした。形さまざまなクッキーを前に、一瞬だけどれにしようか迷ったが、結局一番手前のクッキーをつまむ。  口どけのいいクッキーは、とてもおいしかった。  アニカが嚥下するのを待って、ヴァルターが口を開く。 「私に腕輪を託したのは、義母でした。彼女の望みだったのです、子どもを産むのは」 「……だから、叶えたいって?」 「ええ」  ヴァルターは、アニカに向けて両の手のひらを向けてきた。促されるようにして、アニカはその手に自分の手を重ねる。  その瞬間、脳裏に淡い金髪をした美しい女の顔が浮かんだ。名は、コリーナ。見た目の年齢は三十くらいだろうか。  女の両手には、金の腕輪がはめられている。  アニカはもっと鮮明に映像が見たくて、目を閉じた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加