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3、
久しぶりに夢をみた。
これが夢だとわかるのは、現実感がないからだ。
ふわふわ身体が軽いのはもちろん、視界もどこかぼやけて危うい。
なにより今アニカが座っている場所は、かつて家族で食事を共にしていた実家の大広間だった。細部はぼんやりしているが、目の前に広がる縦長のテーブルは、当時のままだ。正面に父、その隣に母、母の正面には兄、そしてアニカのすぐ横には、なぜかロイがいる。
ロイは自然に家族に交じって談話をしていた。
家族の顔などとっくに忘れていると思っていたのに、夢のなかで彼らははっきりとそこにいた。
ふわりと温かくなるような夢だった。
このままずっと覚めなければいい。このぬるま湯に浸かっているようなぬくもりのなかで、もっと過ごしていたい。
アニカは繰り広げられる要領の得ない話題を、ただ聞いていた。聞く傍から忘れてしまうが、それでもこの団らんの雰囲気は変わらない。
けれど終わりはくるもので、ぱっと窓から陽光が差し込むと同時に、辺りの景色は薄くなっていく。
すべてが消えてしまう寸前、ロイがアニカに手を振るのが見えた。
「待ってっ!」
アニカは手を伸ばす。
行かないで。
一人にしないで。
夢から覚めればまた、一人になってしまう。
浮遊感にも似た感覚のなか、はた、と目を覚ました。
まっ白い天井が視界に入り、ふかふかの寝台のうえで眠っていたことを知ったとき、一瞬自分がどこで何をしているのかわからなくなった。
もしかしたら、父の知り合いの家に泊まりにきているのかもしれない。不老長寿になったなんて全部ウソで、優しい夢こそ現実なのではないか。
そんな願望は時間が経つに連れて、泡のように消えていく。
そうだ、アニカは今、テオフィールの屋敷に滞在している。思い出しながら、自嘲気味に笑った。
「……こんな場所で寝るから、あんな夢みるのよ」
木の上や固い築地塀のあいだで眠ることに慣れてしまったから、久しぶりの貴族の暮らしに、頭のなかがついていかないのだ。
早くここを出よう。
できれば、今日のうちにでも。
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