56人が本棚に入れています
本棚に追加
「止める気?」
「止めたいですね。私は子どもが欲しい、どうしても」
「あたしじゃなくてもいいじゃない。そのうち都合のいい人が現れるでしょ」
「テオフィール様がこの世からいなくなるまでに、ですか。数年のうちに、妙齢である金の腕輪の所有者を見つけることの困難さ、あなたならわかるでしょうに」
「知ったこっちゃないんだけど」
ふん、と顔をそらしたアニカは、身体を乗り出してそのまま中庭の東屋のうえに飛び降りた。物音を一切たてず、そのまま器用に向かい側の屋敷の屋根へ飛び移る。
仕方がない、とヴァルターも後に続いた。
テオフィールの屋敷を過ぎたところで、アニカが顔をしかめて立ち止った。
「ついてこないで」
「そうはいきません」
「ねぇ、思うんだけど。子どもが欲しいなら、テオフィールに頼らずに、相手を探して全国を渡り歩いてみたら?」
「生まれてきた子どもをどうやって育てるんですか。教育面でいいとはいえない環境になってしまう」
「ああ、そう。そういうこともちゃんと考えてるのね。たしかテオフィールに頼れば資金面も豊富だろうけど。でも、血を奪われるのよ? 我が子にそんなことさせて平気なの」
「殺されるわけじゃないですから、ある程度の妥協は必要です。無償で手に入るものなど絶望くらいでしょう?」
アニカは益々顔をしかめた。
納得できていないのだろう。ほだされる様子は微塵もない。
「……なら、どうするの? このままついてきて、手籠めにでもする気?」
ヴァルターは目を見張った。
(……手籠め)
考えたこともなかった。
相手の同意を得ることばかり考えていて、腕づくでという方向に考えが及ばなかったのだ。確かにそれも一つの手だが。
ちらり、とアニカを見る。
憮然と立つ彼女はヴァルターよりも百年は年下だろうに、こういうこと――子づくりに関してはなぜか先輩のように思えた。性からくる考え方の違いだろうか。
「子どもが欲しいんでしょ? どうしてそんな顔するの」
アニカの言葉に、自分が困惑していることに気づいた。
同じ金の腕輪の所有者だからといっても、体力ならおそらくヴァルターのほうが勝る。無理やり子どもを作ってしまえばいい。身ごもれば、アニカだって拒否できなくなるはずだ。
けれど。
けれど。
「……それは、違う気がするんです。やはり、あなたの同意がないと」
「目的は子どもでしょ? なんであたしの考えにこだわるの」
「それは」
たしかに子どもが欲しい。けれど、そういう意味で子どもが欲しいわけではないのだ。
(……ああ、そうか)
こつん、と自分の胸に小石が落ちてきたような感覚を覚えた。
最初のコメントを投稿しよう!