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親しくした者はすぐに死に、歳を取らないことを知れば化け物と罵られ、ひとところに留まれないヴァルターは、いつだって孤独だった。
だから、コリーナの面影に頼るしかなかった。
彼女のためだと思うことで、自分を保っていた――そんな簡単なことに、今頃気づくなんて。
「……軟弱ね」
アニカが言った。彼女の言葉に、弾かれるように顔をあげる。
「人間みたいな考えを持つなんて、金の腕輪を継承した者のすることじゃないわ」
「あなたは強いですね」
アニカはふいに視線を彷徨わせた。
「……強くならないと、生きていけないじゃない。あたしだって、家族は欲しいわよ。無条件で愛し愛される相手なんて、それこそ夢だわ。幻よ」
「私では駄目なんですか」
「駄目。あなたとは考え方が違うもの」
「そんなこと、まだわからないでしょう。これからお互い、歩み寄ればいい」
「……あなたのために?」
アニカは自嘲気味に笑う。
ヴァルターは、そのときはじめて気づいた。子どもを産む道具としてのみ扱ったことは、彼女の矜持を酷く傷つけたらしい。
ヴァルターは屋根を蹴って、アニカのすぐ前に降り立った。初めて会ったときにしたように、彼女の腕を掴みあげる。
「手籠めにする気になったの?」
「とにかく、戻ってください。もう少しだけ時間をください」
掴んだ腕を強引に自分のほうへ向けて、手のひらを合わせた。
途端に、アニカの表情にわずかな戸惑いが浮かぶ。
「……嘘ではないでしょう?」
「そうね。あなたの考えが、よくわかる」
アニカは迷いをみせた。
こういうとき、手のひらで記憶や思考のやり取りができるのは便利だった。
「戻ってくれる気になりましたか」
覗き込めば、アニカはじっと目を合わせてきた。
漆黒の髪と同じ黒真珠のような瞳が、ヴァルターの目を真っ直ぐに見つめてくる。綺麗な目だと思った。どこまでも真っ直ぐで、揺るぎない瞳が、ここにある。
「……少しだけなら、考えてあげる」
本当は嫌だけど、と小声で付け足して、アニカが言った。
あまりにもぶっきらぼうだったが、合わせた手のひらから、それが照れからきていることが伝わってくる。
ふわり、と胸が温かくなった。
久しく感じることのなかった温かさは、ヴァルターの心を緩く溶かし始めていた。
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