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 * 「どう? 決めてくれたかな」  テオフィールに呼ばれたアニカは、彼の前のソファに腰を下ろしながらむっつりとしていた。  窓からは橙色の夕陽が、蜜のように地面を照らしている。 「ここに来てもらってそろそろ十日だけど。ふふ、最近ヴァルターとずいぶん仲がいいそうじゃないか。好きになった?」 「……悪いやつじゃないってことはわかったわ」 「そう、それはよかった」  鷹揚に微笑んたテオフィールは、ゆっくりとソファから背を離した。机に置かれた紅茶を手に取り、そっと喉に流し込む。  部屋には他に、法術師の二人とテオフィールの従者が一人いるだけで、ヴァルターの姿はない。ついさっきまで一緒に中庭にいたのだが、テオフィールが呼んでいると聞いてヴァルターをその場に残してやってきたのだから当然だった。 「それで、どう?」 「……まだわからない」 「わからない、か。考えが変わってきてくれてるみたいで、よかったよ」  微笑まれて、思わず頬に熱がのぼる。  子どもをつくるということは、つまり、そういうことなのだ。それに、ヴァルターはあれから、アニカをもう、道具のようには扱わなくなった。  となれば、現実的にそういうことを考えてしまうようになり、頬に熱があがる。  なんだかんだ歳は食っているが、自分はまだ十分乙女の立場にあるらしい。仕方がないという事情をとっぱらってしまえば、純粋に愛されるかもしれないという事実だけが残る。そしたらなんか、恥ずかしくて死にそうになる。 (……へんだわ)  ぱたぱたと手で顔を仰ぐアニカを、テオフィールはにんまりと見ていた。 「順調そうでよかった」 「……と、ところで」  誤魔化すように、アニカは口を開く。 「あなたって何者なの? ちらっと聞いたんだけど、貴族じゃないそうね。でも随分な財力があるみたいだし」 「ああ、僕は商人だよ」  商人、とアニカは口の中で小さく繰り返した。  使用人たちはあるじの噂をすることを固く禁じられているのか、商人などという話を聞いたことはなかった。そもそも商人について詳しくないため、気づきさえしなかったが、なるほど、と納得する。  大商人ならば、この財力にも納得ができる。
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