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 窓の鍵は開いていた。  アニカは闇夜に紛れてそっとヴァルターの部屋に降り立つ。眠っているらしく、寝台に横になっている姿を見て苦笑した。  気配を殺してはいるが、完全とは言い難い。同族なら、侵入したことに気づいて起きてもいいはずだった。それがないということは、ヴァルターはアニカの気配に慣れてきているということだろう。 (もっと警戒しなさいよね)  心の中で文句を言いながら、寝台に近付いた。  寝顔も綺麗なヴァルターのうえ、ちょうど腰の辺りに、布団越しに跨る。  さすがに目が覚めたヴァルターは、驚いて身体を起こそうとした。それを肩に両手をかけて、押し返す。 「……夜這いですか」  余裕の笑顔で、ヴァルターが言う。  アニカは薄く笑って、首を横に振った。 「聞きたいことがあってきたの」 「明日ではいけませんか。こんな夜中に忍んでくるとは、あまり感心しませんよ」 「そうね、わかってる」  ヴァルターは眉をひそめた。  アニカの言動から、ただならぬ何かを感じ取ったようだった。 「なんですか。答えられる範囲なら、なんでもお答えしますけれど」 「テオフィールが病気っていうの、嘘だってあんた知ってたの?」  ヴァルターは軽く目を見張った。  知っていたからアニカに問われて驚いたのか、それとも知らなかったからこその驚きか、アニカには判断がつかない。  ヴァルターは寝台に横になったまま、痛ましげに目を細めた。 「……知ってましたよ」 「知ってて騙してたのね」 「すみません」  ぐ、と奥歯を噛みしめた。  心から申し訳なさそうな声を出されて、怒りがますます沸騰するのを感じる。 「テオフィール様は、私が勘付いていることを知りません。私も、騙されているふりをしていました」 「……なんで」 「あなたを引き留めるために」  ヴァルターが手のひらを向けてきた。  嘘はついていない、と証明するために、意識を読み取らせようとしているのだ。けれど、アニカは軽く首を振り、その手をつっぱねた。  彼の言葉が本当か嘘かが問題なのではない。  アニカにとって重要なのは、テオフィールが病気ではなかったことだ。  それはよいことなのだろうが、彼の野心の一端を担うことに、アニカは少なからず抵抗がある。正直に「出世目的です」と言われたら殴っていたかもしれないので、嘘から固めてきた気持ちがわからくもないが、だからといって、騙すなんて。 「私は子どもが欲しかった。テオフィール様とは利害の一致で動いています。だから、彼が病気であってもそうでなくても、私にはどうでもよかった。……けれど、あなたには違うんですね」 「当たり前でしょ! 病気だって、言うから。死ぬかもしれないって。……同じくらいの歳なのに、生きれないって、聞いたから」  言葉と共に、身体を這う熱は激しさを増す。そしてそれらは、信じられないことに目から溢れた。  泣いたのなんて何年ぶりだろうか。  いや、何百年ぶりだろう。  泣くことがこんなに苦しさを伴うなんて、ずっと忘れていた。胸が痛い。呼吸さえ苦しくて、どん、とヴァルターの胸を叩いた。  ヴァルターはただ固まっていた。
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