56人が本棚に入れています
本棚に追加
「あたしは街を出ていくわ。テオフィールが病気じゃないのなら、残る理由なんてないもの」
「私の傍に居ては貰えませんか」
「ここには残らない」
それはアニカのなかで、すでに決定事項になっているようだった。
よほどテオフィールに利用されようとしたことが許せないのだろう。アニカはテオフィールに同情していた。彼女自身が同じ年頃に金の腕輪を継承したから、思い入れがあったのだろう。けれどそれらが偽りだと知り、彼女は信じていたなにかを失った。
もうアニカは振り返らない。
ここには、残らない。
胸が苦しくなって、右手で衣の上から胸を掻き抱いた。
「なら」
ヴァルターは、やっとのこと言葉を絞り出す。
「なら、私も連れていってください」
「――は?」
アニカの表情がぴくりと動く。
「なに言ってんの?」
「私も一緒に行きます」
「……テオフィールの保護のもと、子どもを作るんでしょ?」
「そのつもりでしたが」
「だったらここにいて、次に通りかかるかもしれない金の腕輪の所有者を探せばいいじゃない」
病気ではないテオフィールなら、あと二十年から四十年は生きるだろう。そのあいだに、金の腕輪の所有者が通る確率は低くてもゼロではない。
けれど、ヴァルターはそんなこと、考えもしなかった。正直なところ、どうでもよかった。ただアニカにここにいてほしいと願う。
もしそれが出来ないのなら、自分が一緒に行こう。
ぐっと決意のこぶしを握り締めて顔をあげれば、アニカの瞳が揺れていた。
動揺しているのが、手に取るようにわかる。
「あなたは私に、自分を愛せと言いました」
「そ、そうね」
「愛しています」
アニカは益々動揺をみせた。きゅうと唇を噛み、辺りを彷徨わせていた視線を、ちらりとヴァルターに向けてくる。
「まだ出会ってから十日くらいしか経ってないのよ」
「私たちに、人間の時間なんて関係ないでしょう?」
「……関係あると思うけど」
「私は、一緒にいてくれる人が欲しかったんです」
「だったら尚更、ここで待ってればいいじゃない」
「もうあなたしか駄目なんです」
「なんでよ」
最初のコメントを投稿しよう!