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ぎょっとして身を固めるアニカは、そろそろと両手をあげて、ヴァルターの背に回した。ヴァルターは細身だが背が高いので、背中も広い。そんなちょっとしたことが、心臓をドキドキさせる。
ヴァルターのぬくもりが、衣越しに伝わってくる。
温かい。すごく、心地よい。
ほとんど反射的に、ぎゅうぎゅうと抱きしめていた。背中に回された腕の強さが、一層強まる。
もしかしたら。
もしかしたら、好きになってしまったのかも、しれない。
そんな予感が、アニカを真っ赤にさせる。
(そりゃ、好きだって言われて、嬉しいけど。でも)
嬉しいと思う時点で惚れてしまっているのかもしれない。そんな自覚に、頭のなかが沸騰する。
けれど、そんな幸福なひと時を堪能している暇などなかった。
ぴりっ、と身体に痛みは走り、ぎょっとして顔をあげる。
「気づかれたようですね」
ヴァルターが真剣な表情で言った。その瞳は、真っ直ぐに街のほうを眺めている。まだ遠いが、法術師が動き出したようだ。
「逃げましょう」
ヴァルターがアニカの手を取って、街と反対側へ走り出す。
流されるまま駈け出したアニカだが、すぐにその腕を引いて立ち止った。法術師は人間である。馬車を利用したとしても、完全に効力が届く範囲にくるまでは相当時間がかかるだろう。
「待って」
「まだなにか?」
「本気で言ってるの? その、一緒に行くって」
「もちろんです」
「あたしなんてどこがいいの。自分で言うのもなんだけど、すごく無愛想だし、全然可愛くないし」
「そんなことないと思いますけど。無愛想なところも可愛いと思いますよ」
「ぎゃ!」
「……ぎゃ?」
「なんでそんな恥ずかしいことさらっと言えるの!」
歯の浮くようなことを言い切ったヴァルターは、アニカの言葉を聞いて、なぜか頬を赤らめた。自覚がなかったらしい。
相手に照れられると益々恥ずかしくなるらしく、アニカもまた真っ赤になった。
「……惚れたんですから、仕方がないでしょう」
しばらくの間ののち、ヴァルターがむっつりと言った。
いつも柔和な彼にしては珍しく、不機嫌さが全面に現れている。
「とにかく、私はあなたといることに決めたんですから、いいんです」
「……趣味悪いわね」
「悪くないですよ」
「そんなことないわ」
「どうしてあなたはそこまで自分を貶めるんです?」
「……だってあたし、化け物だもの」
一つのところに留まれない、歳を取らない化け物。
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