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 ふ、と意識が浮上したアニカは、自分がソファに座らされていることに気づいて、がばっと顔をあげた。  目の前にあるガラスの机をはさみ、向かい側に見知らぬ少年がいる。  ふわりと波打つ淡い金髪をした少年で、アニカに気づいて空色の瞳を柔和に細めてみせた。 (だれ、この子) 見た目は、アニカと大差ない歳だ。おそらく十四歳程度だろうと思われる。 ざっと室内を見渡せば、貴族の屋敷だろうか、ずいぶんと広いうえに、壺や絵画などの高価そうな調度品が壁際にそって多種多様に並んでいる。 「いらっしゃい。きみの名前は?」  唐突に少年が言った。  口調こそやわらかかったが、人に命じることに慣れたような、威圧感を覚える声音だった。自然とアニカは表情をしかめることになる。 「自分から名乗るもんじゃないの」 「それもそうだね。僕は、テオフィール。この屋敷の主人だ」  テイフィール、と名乗った少年はにっこりほほ笑むと、手元にあったベルを鳴らした。すぐにドアが開いて、長い白髪をした美貌の青年がやってくる。アニカを捕えに来た、あの腕輪の青年だった。  その姿を見て警戒に身体が強張るのを感じていると、少年が白髪の青年をさっと手で示した。 「彼は、ヴァルター。一応僕の従者ってことになってるけど、お互いの利害の一致のために行動してる。ねぇ、きみの名前は?」 「……アニカ。なんであたしをこんなところに?」  ぶっきらぼうに質問を返すと、テオフィールは嬉しそうに微笑んだ。なにが嬉しいのかアニカには皆目見当がつかないが、別段問い詰めることでもないのでそのまま流した。  ややあって、テオフィールが口を開く。 「実は、お願いがあるんだ」 「なに?」 「子どもを産んでくれないかな」  アニカは俯き気味だった顔をあげた。 「……は?」  長い沈黙ののち絞り出した返事に、テオフィールは予想範囲だといわんばかりに、柔和に微笑んで小さく頷いた。 「きみに、このヴァルターとのあいだに、子どもを儲けて欲しいんだ」 「ちょ、ちょっと待って。なに言ってるの」 「大丈夫、酷い扱いなんてしないから。子どももちゃんと君が母親だってわかるように育てるし、それに」 「待ってってば!」  思わず声を張り上げれば、テオフィールは口をつぐんだ。 「……駄目かな」 「駄目に決まってるじゃない! それに、あたし子どもは産めない」  金の腕輪を受け継いだとき、アニカの身体はもう普通の人間のそれではなくなった。そんなこと、金の腕輪の持ち主ならばわかっていることなのに、ヴァルターはテオフィールに忠告しなかったのだろうか。 「産めますよ」  それまで黙っていたヴァルターが口を開いた。 「金の腕輪の所有者同志なら、前例があります」 「……そうなの?」 「ええ。ですから、心配には及びませんよ」  ふと。  遠い日に諦めた、出産という夢が戻ってきたような気がした。いつか自分も結婚して愛する人とのあいだに子どもを産む。  まだこんな身体になる前のアニカは、どこにでもいる少女らしく、まだ見ぬ未来に夢を馳せたものだ。
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