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2、
「ついてこないで」
テオフィールの広い屋敷、その中庭にあるベンチへ向かって歩いているアニカの背後を、ヴァルターがついてくる。
この屋敷にきて、二日目だった。
料理はおいしいし、着替えは衣装棚に詰まっているし、しかも大きな部屋を与えられているので特別文句はないが、どうもヴァルターが何かとかまってくるのが気に入らない。
屋敷の人間はアニカたちの事情を知らないらしく、一様にヴァルターの美貌へ羨望の眼差しを向けている。ときおり、あんな娘のどこがいいのかしら、といったような悪口も、人より敏感な耳には届いてくるのだが、聞こえないふりをした。
アニカの容貌は、十人並みより少し可愛いくらいだ。自分でもそれはよくわかっているため、何も知らない人間が見たら、現状をおかしく思うのは当然のことだろう。
「あなたを籠絡せよ、との命令ですので」
「どうしてテオフィールに従ってるの? あなた、すごい長生きしてるでしょ、見ればわかるわ」
数百年も生きた金の腕輪の所有者が、たかだか十四の少年に従っているのが信じられない。
そんなアニカの思いを汲んだのか、ヴァルターは軽く首を横に振った。
「人間は便利ですから、利用しない手はないですよ。今度のことも、あなたを探すためにテオフィール様は懸命に手を尽くしてくださいました」
「どうやって探したの?」
「ただ、この街に入ってくる人間のなかで腕輪をしている者を探すように命じただけです。人間は上の者に従う生き物ですから、上の者さえ丸め込めば、多くを利用できますし」
「便利とか利用とか、本気で言ってる?」
「もちろん。……私は目的さえ達成できればそれでいいんです。そのためには、多少の主従ごっこもしてみせますよ。テオフィール様も、本気で私が従者に成り下がっているとは思っておられないでしょうし」
ベンチに座ったアニカの隣に有無を言わせぬ態度で腰を下ろしたヴァルターは、軽く微笑んで長い足を組んだ。
「さっさと決めておしまいなさい。私とのあいだに、子どもを作る、と」
「ちなみに聞くけど、どうやって作るの?」
アニカの何気ない質問に、ヴァルターは目を見張った。
その様子を見て、ああ、と納得する。
「実践してさしあげましょうか」
「いえ、いい。わかった、普通なのね。なにか特別なことでもするのかと思ったの」
「特別変わった趣向がお望みでしたら、なるべくそうさせていただきますけど」
「結構よ!」
ぷいっ、と顔をそらす。もしアニカが見たまま十四歳の少女ならば、羞恥で真っ赤になってもいいだろうが、あいにくこちとら、二百年を生きてきた化け物なのだ。今更恥ずかしいことなどなにもない。
それよりも、そらした先に見えた詰襟服の男たちに、アニカは眉をひそめた。
命令なのだろうが、彼らもまた、アニカのあとをついてくる。逃げようとしたが最後、術を使って逃走を防ぐつもりだろう。
確かに自由に出歩くことは出来るが、監視付きで、ということらしい。
(なんか、すごく不愉快だわ)
睨み付けても、監視役は消えはしない。軽いため息をついて、アニカはヴァルターを仰ぎ見た。
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