オメガに人権はない

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オメガに人権はない

 奴隷紋というのは、赤い花の模様で、生まれつき体にある場合が多い。奴隷紋を持つ者はリファナ帝国の人口の約5分2のを占めていて、平民も貴族も家系に関わらず、奴隷紋を持つものを奴隷として扱う。この人種をオメガと呼んでいる。オメガのほかに、アルファとベータを含めた3階級でリファナ帝国は構成されている。ベータはオメガと同数で特に体に特徴を持たない。残りの5分の1の人口にして国を支配するアルファには生まれつき尻尾がある。なぜか、王家や王家に近い人間はこのアルファであることが多く、尻尾付きばかりだ。  その尻尾が私にはなかった。  その日のうちに、私担当のメイドは外された。それから、料理長は自ら辞めた。特権階級に料理を振る舞うことを生きがいにしている人だと聞いたことがある。今回のことがよほどショックだったのだろう。  私はそんなことを色々と考えながらも、現実を全く受け入れられずにいた。だって、先程まで私は貴族の中でも王族に次ぐ権力者の娘だったのだ。それが奴隷、という現実はとても受け止めきれない。私のお屋敷にはそもそも奴隷がいない。ある程度、格式を保たなくてはならない公爵家は高い給金を払ってベータ種を雇う。だから、屋敷にいるのはアルファ種とベータ種だけだ。王宮には、汚れ仕事や力仕事が専門の奴隷がいるらしいが、貴族令嬢の私の目に見えるところで働いてはいなかった。  そもそも、もう私が王宮に顔を出すことはできないのかもしれない。「彼」がいるのに。  翌朝、お母様が部屋に飛び込んで来た。 「サクラッ」  そのまま、泣いて立ち上がれなくなった母の後ろから父が現れて、私のネグリジェの胸元を破り捨てた。 「サクラ。わかっているな、これは奴隷紋。精神の邪悪さが体現された忌べき証であり、アルファがその尻尾を隠せないのと同様に、オメガにはオメガの奴隷紋を隠さない戒めがある。これからは、オメガの服を着なさい」  ひっ、と私は剥き出しになった胸を隠す。奴隷を唯一見たことがあるのは街でだが、確かに彼らの服は、胸が大きく開いていた。貴族令嬢としての私、「サクラ」がそんな格好をさせられるなんて耐えられなかった。だが、これからはこれが当たり前になるのだ。  呆然とする私の前に、崩れ落ちていた母が立ち上がる。 「サクラ、王太子殿下に謁見の許しを取り付けました。すぐに身なりを整えるのです」  お母様の言葉に私は立ち上がる。 「会えるのですか?」  王太子殿下は5歳の頃からの私の婚約者だ。13歳のいままで8年間、私は彼の婚約者として、未来の王の妃となるべく、王妃教育を受けていた。だけれど、こんな体になってしまったのだから、それもすべておしまいだと思っていた。 「会うのです。そして、殿下の御威光に縋っていままでのようにベータと等しく扱っていただけるよう、お願いするのよ」  私の両親は立派な尻尾を持つアルファだ。アルファの尻尾は猫の尻尾に似ているふさふさで細い。そして、先端に口がある。その尻尾がアルファの自慢だ。 私はベータ種だった。両親を含め、アルファ種が多い貴族の中で、私だけがベータだということはずっと負い目だった。それが、ベータどころかオメガだったのだ。  彼に、なんと詫びれば……。  私のせいでオメガを婚約者にした彼まで悪く言われる現実に耐えられなかった。 ***  馬車に乗って王宮に着く。普段は正面の入り口から堂々と入る身の上だったが、いまは使用人用の通路から馬車を入れ、王宮の端から謁見の間まで歩くように促される。ヒールの足で遠い王宮の入り口まで、舗装されていない道を歩いたせいで、靴は泥だらけだし、足は痛む。  それでも、謁見の間まで案内する侍女の足は止まらない。当たり前だ。彼女はベータで、私はオメガなのだ。私は胸元を隠したい衝動を抑えながら自分の胸を見る。胸元が大きく開かれ、谷間の隙間から胸の上に広がる奴隷紋がしっかりと見える。こんな服で走ったりすれば、胸全部が露出してしまうんじゃないだろうか、と考えると恐怖で気が休まらない。  謁見の間は、来客の応接間と同意だ。普段なら、謁見の間に通されることなどはない。王、王妃、そして、私の婚約者である王太子キース・グレイスの私室に通されているからだ。  謁見の間には既にキースが来ていた。金髪の綺麗などこか儚げな面差しを持つキースは同年代の少女たちの憧れの的だった。だからこそ、アルファではない私が、家柄だけで彼の婚約者に収まっていることをよく思わない者も多かった。私とキースの間に恋愛的な何かがあったわけでもない。  これで、私はキースに婚約を破棄されて、オメガとして奴隷になるのだ、思うと涙がこみあげてくる。ここにきて、私はようやく自分の立場というものを思い知った。遅れて謁見の間にやって来た王様、王妃様には既に私への温かみの眼差しがない。  謁見の間に立っている私を政治に関して王、王妃、王太子の次に実権を握っている宰相が叱責する。 「王、並びに、王妃、王太子殿下の御前である。精神卑しきオメガは額を地面に擦り付けてお声を待つのが礼儀というもの。頭を下げよ」  私は顔を赤くして無礼な宰相へ沸き上がった怒りをぶつけようとした。だが、謁見の間にいる全員の視線が宰相に味方していた。キースも何も言わず、口を引き結んで私を見ているだけだ。 「早く下げよ。王の貴重な時間をなんと心得る。これだから、オメガは」  私は唇を噛みしめ、がくがくと身を震わせながら地面にひれ伏した。  それで、ようやく王様から声がかかる。 「サクラよ。非常に残念だ。貴様には自らがオメガになった理由に心当たりはあるか」 「お、お恐れながら、王様。私にはどうしてこんなことになったのか、全くわからないのです」  私の言葉に対して、王妃から声が上がる。 「わからない、とはなんとも恐ろしい。穢れある精神がその身に印を刻んだとは思わないのかしら」  私は、ただただ頭を深く下げ、黙ってこらえる。  その王妃に反論したのは王太子だった。 「母上、サクラはそのような精神ではありませんよ。王妃教育をこれまで切に受けてきた姿は母上が一番よく分かっているはずです」 「キース……」  キースは私の前に来た。彼は、膝を付き、私の顔を上げさせる。 「大丈夫だ。君のことは僕が守る」  私は、安堵のために流れる涙をこらえきれなかった。  オメガに人権はない。  だが、王太子の庇護に置かれ、婚約を破棄されることもなかった私が、迫害されることはないだろう。  だが、私にふりかかった災いがこれで収まったなんて楽天的なことはなかった。  謁見の間を退席して、廊下を歩いている時、口ひげを生やした、恰幅の言い四十歳程度の王宮警備士が向かいから歩いてきた。男は私の胸を無遠慮に見た。 「ほう。高位のオメガか。綺麗なおっぱいだな」  男はあろうことか、私の服を真正面からずりさげ、胸を露出させ、揉んだ。  私は叫び声をあげ、その場に卒倒してしまった。
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