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⑪
シェフは周りのようすを気にせず、淡々と作業を続ける。
腹の肉を切り取り銀のさらにのせ、温度の上がった鉄板の上に乗せる。
じゅっと肉の焼ける音とこうばしい香りがふわっと舞った。
両面こんがりと焼かれる。
器用にカービンフォークとナイフで一口大に素早く切られ、ワインを振りかけられる。
青い綺麗な炎がボウッと立ちのぼる。
シックな陶器の器に盛られ、山わさびが添えられた。
一同のどよめきはいつの間にか止み、その魔法のような手つきに魅入られた。
弟子により次々と近しい家族から順に運ばれていった。
しくしくと泣くしかなかったお母さんだが、お食い初めとして最初のひと口を食べる役目がある。
静まり返り、一同目を丸くしてお母さんを見守る。
「頂きます…」
湧き上がる嫌悪感と、香りに対する欲望がお母さんの中で葛藤していた。
でも食べるしかない。そうしないとお父さんは皆の中に生き続けられない。
湯気のたつ肉の塊に銀色のフォークを突き立て口へ運ぶ。
目をつぶり噛みしめた。
彼女はそれを飲み込み、喉をごくんとならす。
と、同時に一族全員喉を鳴らす。
青ざめていたお母さんの顔がみるみる血の気を取り戻す。
「こんな美味しい肉、食べたことがない」
お母さんの口の中はまるでお花畑に包まれたように祝福で満たされていた。
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