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始まり
時刻は、既に太陽が沈みきった頃。正確の時間はわからないが、あれから結構な時間が経ってしまったようだ。
「グゥ! ガアァァッ‼︎」
「アントニー⁉︎ しっかりしろ、気をしっかり持て‼︎」
グラウクス森林深くの未曾有の地に足を踏み入れた俺、ジャックと相棒のアントニーは今、窮地に立たされていた。俺とアントニーは謎の病に侵され、身動きが取れなくなってしまっていたからだ。
何故、このようなことになったのか軽く説明する。
俺達二人は、とある冒険者ギルドに所属するギルドメンバーだ。住民や商人依頼してきた魔物の討伐や禁止区域の探索、要人の護衛任務なんかを熟すのが主な活動内容である。
それらの依頼の一つに、グラウクス森林の奥に潜むゴブリンリーダーを討伐しろ、という内容のものがあった。依頼報酬もなかなか良く、狙い目な案件に思えた。
ギルドの受付さんに、この依頼の内容を詳しく聞いてみると以下のように言われた。
『近頃、グラウクス森林では活発化した魔物が観測されており、森に入った人間に危害を加えるという証言が増加している。活発化の原因は不明』
『グラウクス森林は、他では手に入らない珍しい植物や動物が生息しているので、この状態が続けばそれらの素材を欲しい者達にとっては少々厄介なことになる』
『そこでギルドメンバーには、探索者が安全に森に入れるように暴走する魔物の討伐をしてもらうこととする』
『魔物は、その群れをまとめるリーダーを倒せば統率を失うため、それ以外を討伐する必要はない』
『グラウクス森林に生息する『グラウクス・ゴブリン』のゴブリンリーダーを討伐することで、今回の依頼を完了と見做す』
ということらしい。
活発化した魔物については気になったが、俺達の実力なら問題ないと判断し、依頼を受けることにした。実際、森の魔物は大した脅威ではなく経過は順調。森深くに隠れていたゴブリンリーダーにしろ、俺とアントニーのコンビの前には雑魚同然だった。
難なく討伐を完了してしまった俺は、いっそ物足りなさすら感じながら楽勝ムードで帰路に着いた。そう、ここまでは全く何も問題はなかったんだ。
…………しかし。
ギルドへと帰ろうとしたその道中。俺達は、とんでもないミスを犯してしまったんだ。
*****
『いや〜、今回は楽勝だったなぁアントニー。あんなチョロい討伐依頼で三十万ゴールドも貰えるなんてラッキーだぜ!』
『気を抜くなよジャック。この森は、夜行性の魔物が多く棲んでいる。日が落ちる前に、森を抜けないと』
『心配するな。ルートは確保してあるし、この調子でいけばすぐに森の外に出られる(もぐもぐ)』
『…………ちょっと待って。何食べてんの?』
『んっ? さっき森で拾ったキノコだけど。お前も一口いるか?』
『ば、馬鹿。なんてもの口に入れてるんだ! だ、大丈夫だよね? 毒とか入ってないやつだよね?』
『……………………うん』
『なんで二、三秒沈黙したんだよ⁉︎』
『全く、相変わらず神経質なやつだぜ。そんなに気になるなら食べてみれば良いだろう。そうすりゃ、一発でわかる』
『いやいや! 食べるわけないでしょう、こんなキノコ!』
『だが、俺は見ての通りピンピンしてるぜ。アントニーお前、依頼に集中していて飯もあんま食べてなかっただろう? 少し腹を満たしとかねーと、いざという時に困るぜ』
『だからって、このキノコを食べる必要性は…………』
『ええーいっ! ごちゃごちゃうるせえ! こうなったら無理矢理食べさせてやる!』
『うわっ何をする⁉︎ 離せ…………』
*****
という事があり、現在に至る。
俺とアントニーは、『謎の病』によって気を失い、目が覚めた頃にはもう夜になってしまっていたのだ。
「畜生ッ! まさか、あの伝説の風土病『グラウクスの病』に感染しちまうなんて‼︎ 飛んだアンラッキーだぜ‼︎」
「これまでの話の流れで、なんでその結論に至るんだよッ⁉︎ どう考えても、さっきのキノコが原因でしょうが‼︎」
アントニーが何か喚いているが聴かない聴こえない。
この現状は、誰がなんと言おうと風土病のせいなんだ! 『グラウクスの病』は、めっちゃ危険だって死んだ爺ちゃんが言っていたし!
「そ、それにしても不味いよ。気付けばもう夜だ。こんな所で倒れていたら、森の魔物に食べられてお陀仏してしまう!」
「取り敢えず、腹這いになれながらでも移動しよう。何処かに、身を隠せそうな所は…………」
俺は、周囲を見渡す。
しかし、今は夜。俺は夜目が効く方だが、こうも明かりがないと遠くまでは見通せないな。
「ちっ、駄目だ。何か、明かりになるものでもあれば良いんだが」
「はっ! そうだ、ランタンがある! 確かリュックの中に…………あれ? リュックは何処だ?」
言われてみれば、さっきまで担いでいたはずのリュックが無くなっていた。
慌てて周りを探してみると、リュックの代わりに小さな物体が落ちてあることに気付いた。
「これは、財布だな」
「財布? 僕達の財布?」
「ああ。俺とアントニーのだな。しかし、なんで財布だけこんな所に…………」
試しに中を開いてみるが、特に盗まれた痕跡はない。
まあ、森の中で財布があったところで、何の役の立つんだという話なんだが。
俺達は、引き続き腹這いの状態で探索を続ける。
すると、アントニーがナイスな物を見つけてくれたようだ。
「ジャック! 良い感じの棒を拾ったよ! これに布を巻いて火を灯せば…………フレイムッ‼︎」
アントニーは、自分の衣服を破いて棒に巻きつけ、炎魔法を発動。
たちまち簡易松明に火の手が燃え移り、辺りに火の光が照らされる。これで、少しは視界が広げることが出来たぜ。
そして、俺達はあるトンデモナイ物を発見することになった。
「ね、ねえジャック」
「ああ、これは間違いない」
「「自動販売機だ‼︎」」
そう、俺達はこのグラウクス森林で『自動販売機』を見つけてしまったのだ。
これは、まさか世紀の大発見なのか⁉︎
「一体、誰がこんな物を…………」
「おいアントニー。この自動販売機のラインナップを見てみろ。全部、薬品だ!」
そう、この自動販売機は傷薬や風邪薬などの様々な治療薬が揃ってあったのだ。
もしかしたら、俺達を苦しめているこの症状を治せる薬があるかもしれない。俺は、すぐさま自動販売機の元へと移動をする。
「ば、馬鹿なっ! この自動販売機、風邪薬が六千ゴールドもしやがるぜ‼︎」
「嘘でしょう? 飛んだボッタクリじゃないか! し、しかし、背に腹は変えられない。毒キノコの毒に効果がある治療薬は⁉︎」
「あ、あったぞ! 値段は…………三万八千ゴールドだとぉ⁉︎」
俺達は、愕然とした表情を浮かべた。
三万八千ゴールドと言えば、そこそこ良い自転車が買える値段じゃないか。たかが毒キノコの薬が、なんでそんなに高いんだよっ!
「だが幸い、俺達の所持金を合わせれば四万ゴールド近くにはなるな。ていうか、アントニー。お前、財布の中身が貧弱過ぎるだろう。何で、良い歳した大人がこれっぽっちしか金入ってないんだよ!」
「え、あれ? そんなに少ししか入ってなかったっけ?」
アントニーは、悪びれなくそう言った。まあ、この際相棒のお財布事情は無視するとしよう。
取り敢えず、アントニーの財布から全額(二千ゴールド)を引っこ抜き、俺の所持金と合わせた。これで、治療薬が買える値段に到達したぜ。
俺は、何とかして上体を起こそうと、自動販売機にしがみつく格好で少しずつ移動し、硬貨の投入口へと手を伸ばす。
「はっ! アントニー、これを見てみろ! 伝説の風土病『グラウクスの病』の治療薬が百ゴールドで売られてるぜ!」
「いや、要らないよその薬は! 伝説の風土病、他の薬と比べて安過ぎッ!」
お金も余っていたので、取り敢えずこの薬も買ってみる。
出てきた薬は、どれも瓶に詰まった液体タイプだ。しかし色も形状も全く同じの瓶だな。微妙に瓶の柄が違うか? パッと見ただけじゃあ、二つとの違いがわからないぜ。
さて、何はともあれ治療薬は手に入れた。これで、この症状も完治出来るはずだ。
「あ、やべえ。この治療薬、一人一回分しか中身入ってない」
「ええっ、ボッタクリにも程があるよっ! 三万八千ゴールドもしたのに!」
お前は殆ど払っていないんだけどな。
「仕方ない。ジャック、君が治療薬を飲みなよ。君の方が体力あるし、いざという時には魔物とも戦える」
「わかった。任せろ」
俺は、治療薬の瓶の蓋を開けて中身を一気に呷った。
どうやらこの薬は即効性だったらしく、さっきまでの痺れるような感覚が無くなり、嘘みたいに体調が良くなっていく。十秒も経たずに万全な状態に戻ったぜ!
「ふぅ、ようやく楽になった。じゃ、俺ギャラ貰って帰るから」
「おい、どこに行く気だ置いて行くな! それに松明があるとはいえ、夜間に出歩くのは危険だ。どこか安全な場所を見つけて日が昇るのを待った方が良い!」
「危険な魔物もいることだしな」
そんなことを言ってる束の間、茂みの中からガサガサと擦れる音が響き、何かがこちらに近付いているのを感じ取った。
茂みから現れたのは『グラウクス・ゴブリン』。この森でよく遭遇するメジャーな魔物だ。
「やれやれ、またゴブリンか。今日だけで何体討伐するんだ?」
俺は、腰に携えてある鞘から剣を引き抜き、ゴブリンに斬り掛かる。
痺れが抜け、剣を持った俺に敵う魔物はいねえ! この程度の相手、何体居ようが余裕で蹴散らせるぜ!
ゴブリン達は、俺の斬撃を受けて悲鳴を上げていった。
おそらく部が悪いと思ったのだろう。奴らは、俺の剣舞に恐怖し、恐れ慄くように後ずさっていく。
と、その時だった。ゴブリンの群れを掻き分けるように別のナニカが姿を現してきたのだ。
「ゴブゴブ⁉︎」
「ウキウキッ!(退け雑魚共! こいつはオレが殺るッ!)」
俺の前に意気揚々と現れたのは、一匹の小さな猿だった。
そう、どこからどう見てもただの猿。しかも、子供くらいの大きさしかないゴブリンより更に小柄ときたものだ。一体、何の冗談なのかと思わず笑いが込み上がってくるぜ。
猿は、俺と対峙しファイティングポーズを構える。
「ウキッ(右の拳で殴るか左の拳で殴るか、当ててみな)」
「何か訴えてるみてえだが、戦おうってんなら相手になってやるぜ。最も、この体格差じゃあ一分と持たねえだろうがなぁ‼︎」
戦いを早く終わらせようと、俺は先手を打った。
猿の機敏さにも劣らぬ踏み込みのキレ。一瞬のうちに間合いを詰め、逃げ出す暇も与えない鋭い一撃をお見舞いしてやるぜ!
「ウキキッ!(馬鹿めッ!)」
その瞬間、変化が起こった。
あれほど小柄だったはずの猿の体が、一気に十倍、いや百倍の大きさまで急激に膨らんだのだ。
「な、なにぃ⁉︎」
俺の剣は、猿の脚に直撃したが、奴の体毛が剣を弾き、まるでダメージを与えられていない。剣を弾いた衝撃で、俺の体が僅かによろめいた。
そして、その瞬間を猿は見逃さなかった。
膨らんだ上腕筋を引き絞り、隙だらけの俺の体に向けて特大の『ラッシュ』を浴びせてくる。
「サルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルサルッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
あああああああああああああああああっっ‼︎⁉︎⁉︎
まさに嵐の如し。
ラッシュの風圧だけで樹々をなぎ倒すだけの攻撃に晒され続けた俺は、為すすべもなくぶっ飛ばされ森の中を転がっていく。
ぐぅっ⁉︎ いてぇぇ…………!
ちゃんと確認をした訳ではないが、間違いなく肋骨の骨が二、三本折れている。それだけの激痛が、俺の全身を伝っていくのがわかるぜ。
そして、俺に必殺の拳を叩き込んだ猿は、ポーズを取って決め台詞を吐く。
「サルヴァトーレ(我、救いし者なり)」
「いや…………お前、ぜってえ『ジョジョ第五部』のアニメ見た、だろう…………」
面白いよなぁ、黄金の風。
『ジョジョの奇妙な冒険』は、ファンタジー世界でも大人気。漫画は、境界を越えて愛される最高のコンテンツだぜ!
…………なんて、呑気に言っている場合じゃねえ。想定外の大ダメージを受けちまった。どうにかしてこの状況を切り抜けねえと。
「アントニー!」
「もうやってるよ! 炎魔法と風魔法を組み合わせて発動! クロスファイヤーハリケーンッ‼︎」
猿の注意が俺に向けられている隙を狙って、アントニーは詠唱を済ます。
瞬間、アントニーの掌から猿の巨体も覆い隠す規模の大魔法が放出。隙を見せた猿は、それを回避する間も無く直撃を受けた。
「ギギギッ!(ちっ! この程度でオレがやられるものか!)」
「まだまだ行くよっ! テレキネシス!」
アントニーは、念動力で自動販売機を浮かした。
魔法に耐えている猿に、追撃とばかりに重量級の自動販売機をぶつける。
「ギャァ!」
「これで最後ッ! デュアルブラストキャノンだッ‼︎」
アントニーは、両の掌を構えて魔力を凝縮。高エネルギーの二つの塊を渾身の一撃で放つ。その塊が猿に触れたと同時に、森を揺るがす爆発が起こった。
爆発系統の魔法『ブラストキャノン』を二連撃だ。仕留め切れたかわからないが、かなりのダメージを負わせたはず。
だが、これでアントニーの魔力は底を尽きただろう。俺は満身創痍の体を無理に動かして、急いでアントニーの元へ駆けつけ、その細身の体を担ぎ、走った。
「あああああ魔力酔いがするぅぅ…………! もう、痺れた状態で魔法なんて使うもんじゃないなぁ…………!」
「だけど、よくやったアントニー! 猿が怯んでいる今の内に、出来るだけ距離を取るぞ!」
「…………さっきの猿、おそらくグラウクス森林のボス『ビッグ・猿』。聞いたことがあるんだ。恐ろしいパワーとスピードとジョジョ立ちであらゆる生物に勝利してきた無敵の生物。遭遇した者は、皆地獄を味わうと言われているS級の魔物だよ」
「S級だと⁉︎ 討伐報酬金額『一千万ゴールド』以上の大物じゃねーか‼︎」
「言うまでもないけど、僕達だけの力で敵う相手じゃない。ジャック、猿はまだ動きを止めている?」
「ああ、あれだけの魔法を受けたんだ。そう易々と復帰したりは…………」
なんてことを呟いているのも束の間。
オレが背後を振り返ってみると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「ウギャアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」
森中に響き渡るような大絶叫を上げる、一匹の大猿がいた。
まるで森を駆け抜ける蒸気機関車。
森の木も大きな岩も御構い無しに、全てを破壊しながら一直線に突き進む。
グラウクス森林のボスにして最強の生物。『ビッグ・猿』が俺のすぐ背後を鬼気迫る表情で追いかけていたのだ。
「うっっっそだろうおおおおぉおおおおおぉおおおおッッ‼︎‼︎⁉︎」
「ジャック! ジャック走るんだ‼︎ もっと速く走ってッ‼︎」
「無茶言うんじゃねえ‼︎ 只でさえ満身創痍なんだぞコッチは‼︎」
そう、どれだけ叫ぼうとも体力は急に増えたりしない。
俺と猿の距離は瞬く間に縮まり、あっという間に俺達との差はゼロになった。猿は、俺の首根っこを掴むと、その剛腕を持って俺とアントニーを近くの大樹へと叩きつける。
瞬間、全身の骨から激痛が迸ってきた。
「ぐあああああああああああああっっ‼︎」
あまりの痛みに、俺は悲鳴を上げた。毒キノコの痺れとは比較にならないくらいに、感覚が無くなっていることがわかる。こうなったら身動ぎをするのも難しい。
最早これまでかと諦めかけたその時、猿が俺達の目の前にのしのしと歩いて来る様子が見えた。
「ウキウキッ」
「…………何だよ。殺すなら殺せ。こんな仕事を続けている以上、死ぬ覚悟はとっくに出来てるんだ」
「ウキッ。ウキキ!」
「え? 何だって?」
「ウキキッ! ウキウキキィ!」
「えぇい猿の言葉なんてわかる訳ねえだろうがッ! 喋るなら人間語で喋りやがれ!」
「はぁ? なんでオレがお前に合わせなあかんねん! 猿語くらい自分で理解せえや!」
「喋ったッ⁉︎」
喋れと言ったら本当に喋りやがった!
いや、確かにさっき「サルヴァトーレ」って喋ってたけどさ。まさか、こんなにも流暢に話せるとは思っていなかったぜ。
「おいおどれ、名前は?」
「あ、名前? …………ジャックだよ」
「そうか、ジャック。因みに、オレには名前無いから聞いても無駄やで」
「興味ねえって」
吐き捨てるようにそう言う。
何なんだ、この猿。俺達にトドメを刺さず、一体何を企んでやがる?
猿は、意味深に顎を撫でながら考えている素振りをし、少し経ってから俺に話し掛けた。
「ジャック。おどれが持っているその薬、オレに渡せや」
「薬だと?」
猿が言っているその薬とは、毒キノコの薬を買う序でで手に入れた『グラウクスの病』の治療薬のことだろう。
「『グラウクスの病』を知ってとるか? この森にのみ現れる原因不明の病や。この病は、動物も魔物も人も厭わず感染する上に症状も酷く、治りも遅いってんでまあ厄介なもんやった。けど、感染する奴は極めて少数。時間は掛かるが、栄養付けとけば自然に完治するからそこまで大事なことではなかった。そう、今までは」
猿は、話を続ける。
異変が起こったのは、四ヶ月程前からだと言う。昨日まで元気だった動物や魔物達が何匹も『グラウクスの病』に感染し、立ち上がることも出来ない悪症状に見舞われるようになった。
感染者の数は、日に日に増していき、いよいよただ事ではないと森中が騒ぎ始めた頃。遂には猿の妹までもが『グラウクスの病』に感染してしまったそうだ。…………もう、二ヶ月以上も前から、猿の妹は床に伏しているらしい。
「妹のために、森のために、オレは、仲間達を引き連れ原因と解決方法を探し回った。そして偶然発見したのが、おどれも見たあの自動販売機やった」
「なに?」
「あの自動販売機は、『グラウクスの病』を治す治療薬が入ってあった。せやからオレらは、あらゆる手を使って薬を取り出そうとしたんや。装置を破壊しようとしたり、森に来た人間から財布を盗んで買おうとしたりな。…………けど、どういう訳かうんともすんとも言わへんかった。金を入れても反応なし。崖から落としても傷一つない頑丈っぷり。猿頭のオレに、良い解決案が思い浮かぶはずもなく、諦めて別の方法を探そうとしとったその時やった。おどれらが、自動販売機から薬を買っている姿を見たんや」
「…………! それで、俺達を襲ったっていう訳か?」
「ゴブリンリーダーの件については気にせんでいい。彼奴は、自分とこの部下を引き連れて、『グラウクスの病』に感染した奴らが管理していた領地を強引に奪っていったクズやった。いたずらに森中を騒がし、暴れ回るあのリーダーのやり方についていけんゴブリンらは多かったで。森のボスとしては、面倒ごとが一つ減って感謝しているくらいや」
猿のその発言を聞いて、ギルドの受付さんから聞いた話が俺の脳裏に浮かんだ。
『近頃、グラウクス森林では活発化した魔物が観測されており、森に入った人間に危害を加えるという証言が増加している。活発化の原因は不明』
…………もしかしたら活発化の原因は、過激派のゴブリンの暴走が関係していたのではないか? それならば、やはりゴブリンリーダーを討伐出来たのは正解だったな。これで、もう例の被害は起こらなくなるはずだ。
「…………まあ、薬が欲しいってんならやるよ。どうせオレには必要のねえもんだ」
俺は、薬を猿に渡した。
「ありがとな」
「気にすんな。それで妹さんを助けてやれよ」
「いや、この薬は森の賢者に渡して成分の解析をさせる。作り方さえわかれば感染した全員を助け出せるからな。一人助けても、他に何百何千という仲間が苦しんでるんや。そいつらを見殺しには出来ん」
「森のボスも大変なんだなぁ」
「好きでやってることや。へっ、でもこれで病の解明に一歩前進…………んっ?」
猿が手渡された瓶を凝視すると、不意に猿は険しい顔になっていった。
「どうした?」
「おい、おどれ。これ違うぞ」
「え?」
「この薬は、毒キノコの治療薬や! 『グラウクスの病』の治療薬やないでっ!」
「な、なんだとっ⁉︎」
俺は、猿の発言に心底驚き、猿の瓶を取った。
そして、さっき自分が飲んだ瓶とを見比べてようとする。しかし、元々色も形もソックリだったので違いを見つけるのは難しかった。
すると、俺が見比べているその横で猿が指をさして指摘をしてきた。
「ほれ見い。ここの部分、模様が違うやろ? オレは、薬を手に入れるため自動販売機を穴が空くほど見とったんや。今じゃあ、ラインナップされていた薬の外見は全部覚えてるで」
「じゃ、じゃあ、さっき俺が飲んだ方が『グラウクスの病』の治療薬? でも、なら何で俺は治ったんだ?」
俺は、毒キノコの毒で全身麻痺したんだ。風土病にかかったとかアントニーには言ったけど、あれは単なる冗談だったんだ。
…………しかし、もしその冗談が真実だったとしたら?
「猿。ちょっと試したいことが出来た。さっきの場所、自動販売機があるところまで案内してくれ」
「ん、ええで。ほら、その怪我じゃあ動き辛いやろ。傷によく効く薬草をやるわ」
そう言って猿が渡した薬草を、俺は無造作に頬張った。
…………滅茶苦茶苦いなぁ。でも、不思議と、痛みが引いたような気がする。これなら動けそうだ。
「おら、起きろアントニー。お前。俺より外傷少ないくせに気絶してんじゃねーよ」
「ぐっ! …………あれ、ジャック? それに、さっきの猿もいるね。え、どういう状況?」
木に叩きつけられた衝撃で気を失っていたアントニーを無理やり起こし、俺達は自動販売機のある場所へと向かった。
俺は、余っていた小銭を自動販売機に入れて、『グラウクスの病』の治療薬を買った。そして取り出し口から薬を取り出し、担いでいたアントニーにそれを渡す。
「アントニー。これを飲め」
「え? でも、これって毒キノコの薬じゃあないよね?」
「いいから飲んでみろ。俺の仮説は正しければ、お前の症状も治るはずだ」
状況がイマイチ飲み込めない様子のアントニーだったが、取り敢えず俺の言われるがままに薬を飲んだ。
「んっ! あれ、なんか痺れがなくなってきた。体の調子が良くなった気がする!」
「やっぱりな」
「…………? ジャック、どういうことなんや」
「簡単な話だ。グラウクス森林のみで発生する風土病『グラウクスの病』。その原因は、この森に生えるキノコのせいだったという訳だ!」
「「な、なんだってぇーーー‼︎」」
俺の冴え渡る名推理を披露したことで、アントニーと猿は驚愕の表情を浮かべ出した。
「って、馬鹿か! あんな怪しいキノコ。食べる奴なんてそれこそジャックだけだ! 魔物や動物は、森の事情に詳しい。毒キノコだって知ってたら誰も口に入れたりしないよっ!」
「別に食べる必要はねえ。キノコが病をもたらす方法…………例えば『胞子』を撒き散らせば、それを浴びた奴は病を患うとは考えられないか?」
「そ、それは」
「…………確かに、胞子を吸い過ぎて幻覚を見たり体調を悪くしたっちゅう話はよく聞く話やな。特殊なキノコの中には、そういう作用を引き起こすのが存在するかも知れへん」
そう。風土病は、その土地特有の生物、気候や地質なんかが原因で起こる病気のことだ。そしてグラウクス森林は、他にはない珍しい植物や動物が生息している場所。ならばそれらによって、他の土地にはない未知の病を引き起こされる可能性だってあり得るかもしれない。
「二人共、キノコが生えていた場所に行くぞ!あのキノコが『グラウクスの病』に関係しているという俺の仮説通りなら、キノコを解析すれば病を止めることが出来るかも知れない!」
「ほんまか⁉︎ それなら一刻も早く向かわなっ!」
「ええ、話についていけない。僕が寝ていた間に、なんか話が色々進んでるみたいだけど…………」
アントニーは、混乱しているようだが説明が面倒臭いので放っておくことにする。
何にせよ、『グラウクスの病』の知られざる秘密。その解決の糸口が見えた。
幸いにも、キノコが生えていた場所は覚えている。俺達は、仮説を確信に変えるために、その場所へと向かおうとする。
しかし。
『やれやれ。困ったことになりましたね』
何処からか声が聞こえてきたその途端、突然地面が大きく揺れ始めたのだ。
いや、揺れというよりは地面の中で何かが蠢いているような、そんな奇妙さを持つ震え方だった。
そして、その予想は正しく、俺達の前の地面から巨大な物体が音を立てて姿を現してきたのである。
それは、とても大きなキノコだった。
『まさか、こんな人間に病の謎を解かれるとはね。ワタクシとしても、これは予想外の展開でした』
「き、キノコが喋りやがった!」
猿に続き、キノコまで人間の言葉を喋れるとは! 生命の神秘には驚かせられてばかりだぜっ!
なんて冗談を浮かべつつ、俺はキノコに言い放つ。
「お前は何者だ!」
『これはこれは、申し遅れました。ワタクシ、『魔王軍隠密偵察隊』所属。ベニダオ・レと言います』
「魔王軍だと⁉︎」
『その通り。魔王様の命を受け、グラウクス森林の侵略をする前準備をしていました。私が増殖させた、このキノコ達の力でね』
そう言うとベニダオ・レは、地面ら沢山のキノコを生やした。
それは、俺とアントニーが食べたキノコと同じ模様のものだった。
『このキノコの胞子には、あらゆる生物を弱体化させる効果をもたらします。森の主戦力を弱らせ、疲弊させたところに軍を送り、簡単に森を占領しようという作戦だったんですけどねぇ。プーククッ! いやーまさかまさか、このキノコを食べてしまうお馬鹿な人間がいるとは思いませんでしたぁ! しかも、それが鍵になって病の謎を解かれるとか馬鹿馬鹿しくって! もう笑うしかありませんよこれはっ! プーククッ!』
「誰が馬鹿だ!」
「僕も馬鹿だと思うけどなぁ〜」
くっ、アントニーまで! 誰も俺の味方をしてくれる奴はいないって言うのかよっ⁉︎
『しかし、魔王様に頂いた大事な役目をこのまま台無しにする訳には参りません。そこで、秘密を知った貴人方にはここで死んでもらうことに致しました』
「狙いは、俺達の命か⁉︎ 馬鹿言え、お前達の陰謀の犠牲になってたまるかよ!」
俺は、剣を引き抜く。
図体はデカくても相手はキノコ。渾身の一撃を叩き込んで瞬殺してやるぜ!
俺が振った剣は、見事にベニダオ・レに命中。奴の胴体は、真っ二つに割れて崩れ落ちた。
猿が勝鬨を上げる。
「勝った! 第三部完!」
「まだ第一部も終わってねーよ。それに、ラスボスにしては呆気ない倒され方だったように思うが」
俺の疑問は正しかった。
俺達が立っていた場所のすぐ近くで、ベニダオ・レがまた地面から生えてきたのである。
『プーククッ! そんな攻撃でワタクシは倒されませんよ!』
「…………なるほど、本体が別の場所にあるのか。二度続けて地面から現れたのを加味するに、おそらく地中に隠れていやがるな」
「そういうことならオレに任せときっ!」
猿は、両腕を高く掲げて思い切り地面に叩きつけた。
刹那、爆発的な衝撃が起こり、俺はその反動で宙に浮かんだ。下を見ると、猿が叩いた地面は大きな亀裂を走らせ地割れを生んでいた。
「まだまだまだまだまだまだッッ‼︎‼︎‼︎」
ラッシュの嵐が、グラウクス森林の大地を砕いていく。
地殻変動を思わせる強烈な猛攻。一発一発が、森という大きな塊を粉砕しているかのような拳の威力だ。
「「おわぁあああああっ⁉︎⁉︎」」
震源のすぐそばに立っている俺とアントニーは、揺れ続ける大地を踏みしめられず、倒れ、転がり、宙に放り出された。最早、どちらが上なのか下なのか、それすらわからない有様である。
これが、最上級の魔物。S級魔物の実力だというのか?
もしそうなら、一千万ゴールドでも安いくらいだ。こんな怪物、人間が敵う相手じゃねえ!
「んっ! あれが、本体か⁉︎」
そして、大地を割り続けた猿は遂に怪しい物体を発見したようだ。
極太の根を無数に生やした『株』のような塊。
地中に顔を出しているキノコと根が繋がっているのを見るに、ベニダオあれが奴の本体に間違いないはず。
『ば、馬鹿なっ⁉︎ こんなにアッサリ本体を見つけるとは!』
「今や魔法使いの兄ちゃん! トドメ刺したれッ!」
「僕の名前はアントニーだよ! 事情はよくわからないけど、やってやるさ! これが、本当に最後の一発! クロスファイヤーハリケーンッ‼︎」
炎と風の合体魔法が炸裂。
剥き出しとなったベニダオ・レの本体に炎の風が直撃し、根の塊は全体を覆う様に激しく燃え広がっていった。
『プ、プーククッ! お前達は、もう終わりだ! ワタクシが倒されたことはすぐに魔王軍に伝わる! そうなった時、魔王様はお前達を敵とみなし刺客を送るだろう! お前達がどれだけ強かろうとも、魔王軍の精鋭には敵うまいさっ! せ、せいぜい、束の間の安息を楽しむことだな! プーククッ! プーククククククッ‼︎』
ベニダオ・レは、そんな捨て台詞を残し、やがて燃え盛る炎によって芯まで焼け焦がされていった。
奴が倒されると同時に、周囲に生えていた例のキノコが一斉に枯れ始めた。主人を失ったことで力を無くしたのだろうか?
しかしこれで、森を騒がせていた病も直に落ち着くだろう。『グラウクスの病』を蔓延させていた元凶は、こうして消滅されたのだ。
これぞまさに、一件落着。
第三部完! …………ってやつか?
使い方間違っている気がするけど。
*****
しばらくしてから森を回ってみると、そこには『グラウクスの病』に苦しめられていた動物や魔物達の元気な姿があった。
原因となっていたキノコが急速に数を減らしたことで、蔓延していた胞子もその分無くなったのかもしれない。結果、病を患っていた奴らは本来の体調を取り戻すことが出来たようだ。
グラウクス森林の問題を見事解決した俺とアントニー。この森の奴らにとっては、英雄として祭り上げられてもおかしくはない。
…………しかしまあ、これ以上のトラブルはごめんだ。そもそも、本来の仕事とは逸れた事件に巻き込まれてしまった訳だしな。幸い、命は残っているけど。
用事を終わらせた俺達は、急いでグラウクス森林を抜けて、住処のある町へと歩を進ませていった。
「それにしても、あのベニダオ・レとかいう奴。気になることを言っていたな」
「魔王軍の刺客を送ってくる、って話だっけ?」
「ただの脅しという可能性もあるけど、当分の間は用心するに越したことはないな。魔王軍と戦争なんて冗談じゃねーよ」
「右に同じ。しばらく、町からも離れようか?」
「そうした方が良いかもな。ほとぼりが冷めるまで遠くの辺境にでも拠点を移して…………」
「ほお。せやったら、しばらくは長旅になるっちゅう訳やな。これは、面白くなってきたで!」
「って、なんで猿が付いてきてるんだよ!」
俺とアントニーの間に並ぶ形で、猿が平然とした顔で森の外を歩いていた。
俺が叫ぶと、猿は二つのリュックを俺達に投げた。
「ほら、おどれらのリュックや。盗んで悪かったな。病を治すのに使えそうな物がないかと、探っていたんや。あと、一応自動販売機を試してみようと、アントニーの財布から金を頂戴した。すまん」
「ああ、だから財布の中身が少なかったのか」
意外なところで、謎が解決したぜ。うん。
「いやいや! それよりもなんで森のボスが森の外に出てきているのかの説明をだなぁ!」
「恩返しに決まっとるやろうが。おどれらのおかげで、森は救われたんや。だから、森のボスとして、オレにしか出来ないお礼をしてやろう思ってな」
「…………オレにしか出来ないお礼って?」
「まあ、所謂『ボディーガード』や! オレらの事情でおどれらの身に危険が及ぶのは忍びない。そこで、グラウクス森林最強の『ビッグ・猿』が直々に身の安全を守ってやろうっちゅう思ったんや! どや、良いアイデアやろ?」
俺とアントニーは、互いに顔を見合わせる。
…………正直、コイツ発信で余計にトラブルに巻き込まれそうな気がするんだよなぁ。
俺の考えはアントニーにも伝わったのか、俺達は眉間に皺を寄せた表情を浮かべていた。
「気持ちだけで嬉しいから、お前はもう帰れ」
「森のみんなが心配してるだろうしさ」
「遠慮すんなって! オレがちゃんと魔王軍からおどれらを救ってやるから! 大船に乗ったつもりでいてくれやっ!」
「…………ジョジョの乗り物って、大抵トラブルの宝庫だったりするんだよ」
俺は、ややブルーになった調子で、そんな脈絡もないことを呟いた
まあ、そんなこんなで、そんな訳で。
俺とアントニー、まだ見ぬ魔王軍の刺客から逃れるために、新たな地を目指すことに決めた。
しかし、それが俺達二人の運命を左右する、壮絶な冒険劇の幕開けになることを、この時の俺達はまだ知らなかった。
ジャックとアントニーの壮絶な冒険の日々は、まだまだ始まったばかりなのであった。
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