23人が本棚に入れています
本棚に追加
「やっぱりアメリカへは俺ひとりで行こうと思うんだ」
僕らが高校を卒業して、ある日タイチは僕と杏に言った。
「わたしも行きたかったなぁ。ねえ、一樹」
でもタイチがそう決めたんだ。
僕はタイチの気持ちを尊重してやったほうがいいと思った。
数日後、空港でタイチを見送った。
「また会えるよな」
僕は彼に言うと
「何言ってんだ、あたりまえだよ
そうだ、これ持っててくれよ」
そう言って彼は僕にあの時のジッポのライターを手渡した」
「なによ、忘形見みたいな感じね、ほんとにまた帰ってくるんでしょ?」
杏は珍しくなんだか悲しそうな表情だった。
「当たり前だろ、アメリカに行くのは俺の小さな夢だったんだ。気が済んだら帰ってくるよ」
しばらく経ってタイチに電話をかけると、元気にしていると彼は言っていた。
しかし、また数日電話をかけても、彼には繋がらず、何度か試しても結果は一緒だった。
彼の母親は連絡がとれているのだろうかと思って、タイチのいたアパートへ行ってみても部屋は空き部屋になっていて、誰もいなかった。
ある日ニュースで、銃の乱射事件で邦人男性死亡と報じていて、タイチが死んでしまったことがわかった。
僕と杏は一緒にそのニュースを観ていて、言葉も出す、信じられない気持ちだった。
タイチの両親はどこにいるのか手掛かりもなく、僕たちがアメリカへ渡航し、さまざまな手続きをして彼を日本へ連れ帰った。
葬儀は僕と杏、僕らの親族、一部の同級生とごく少ない人数で行われた。
棺の中の彼は穏やかな顔をしていたけど、あれだけよく話をして、活発だったタイチを思い出すと、いたたまれなかった。
「なんでよ、タイチ・・」
杏は僕の横で涙をこぼした。
僕はずっとゴルフボールのことを考えていた。
これを使って彼がアメリカへ行くのを止める。
しかし、思い詰めて一度ゴルフボールを握ってどれだけ念じても、あの時のようには何も起こらなかった。
いいか、これはただのゴルフボールだ。
彼が言っていたのを思い出した。
この時代に来た時点で、ゴルフボールはほんとうにただのゴルフボールになってしまった、ということなのだろうか。
僕たちは、タイチのことをずっと忘れない。
忘れようにも忘れることはできない。
最初のコメントを投稿しよう!