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「ねえ、マスター。聞いてたでしょ。どう、思う。」
怒りが収まらない私は、マスターに矛先をかえ、カウンターに座った。
「私には、わかりません。」
「私だって、わけわからないわよ。会社の上司にお見合いを勧められたから、別れてくれって、ひどい。ひどすぎる。まだ会ったこともない女に負けるなんて、私の存在は一体何なの。」
「元カノですかね。」
「怒るわよ。」
火に油を注ぐマスターに、私はかみついた。ガチで噛みつきたくなった。
「彼には、彼なりのやむを得ない事情があるのでしょうよ。」
「その事情って、何よ。会社のため、浮世の義理人情ってか。それとも、財産目当てか。」
「まあ、まあ、そんなに興奮しないで。これでも、お飲みなさい。もちろん、無料です。」
「そう、無料なら仕方ない。もらいましょう。」
私は、マスターが作ってくれた謎の飲み物を飲んだ。
「何これ。こんなの初めて。美味しいだけでなく、体が温まるわ。」
マスターが用意したのは、アイリッシュ・コーヒー。アイルランドの空港で乗客の体が温まる飲み物として考えられて、生まれたカクテルであった。温めた脚付きグラスの内側にウイスキーをつけて、火をつける。炎があるうちに、濃いめのコーヒーを注ぐ。そこに、フレッシュクリームを軽くホイップしたものを浮かせて、できあがり。
「アイリッシュ・コーヒーというカクテルですが、喜んでもらえて、光栄です。」
「ごめんね。マスターにかみついてしまって。こんなんだから彼に嫌われるんだろうね。」
カクテルを飲んで少し落ち着いた私は、自己嫌悪に陥る。
「私が見るところ、彼はあなたのこと嫌いになったわけではないと思います。彼が今までで一番大切にして大事にしている女性だと思いますが。」
「もう、マスターったら嫌ねえ。人を持ち上げたり下げたりして。ジェットコースターに乗るのは好きだけどさ。それに、今までで一番って一体何人いたのよ。」
「多すぎて、忘れました。」
「おい、こら。」
「でも一つだけ言えることは、彼はああ見えて一途です。彼ほどのイケメンでコマメで器用で女の扱いが上手い男なら二股も三股も可能でしょうが、それは断じてありません。今回も、お見合いをするのは彼女に悪い、彼女がいるのにお見合いをするのはお見合い相手に悪いという彼の美学かと思います。」
「ふ~ん、美学ね。そんなもの、クソくらっえだ。ねえ、それより、マスター、何で彼の肩を持つの。」
私は率直な疑問をぶつけた。
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