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『ふざけんな。よく、そうペラペラとヘリコプターみたいに歯が浮く台詞を言えるものだ。空飛ぶんかい。』
最初は探偵気分で楽しんでいたものの、お見合い相手と仲良くお話をしている彼を見るのが辛くなった。
『私には、一杯一万円のコーヒーなんか、御馳走してくれなかったくせに。この野郎。地獄に堕ちろ。』
「へックッション。」
その時、偶然か、彼が大きなクシャミをした。私は、笑いをこらえるのに必死だった。
「あっ、もしかして、元カノたちがあなたのこと噂してたりして。」
お見合い相手は見かけと違って、小悪魔のような表情をする。
「そんなことありませんよ。僕の方が、振られたんですから。」
「あらまあ、それは予想外ね。詳しく聞きたいわ。」
『私だって、聞きたいわ。』
私の全身が耳と化した。
「僕、こう見えても女性とは結婚を前提とした真面目なお付き合いをしてきたつもりです。ところが、前の彼女は、恋愛と結婚は別だとのたまうのです。惚れた弱みでそれでもいいからとお付き合いを始めたのですが、一向に結婚願望が生まれない。仕事が面白くてたまらないと言うんです。それとなく結婚話を切り出しても、全然聞く耳を持たない。僕は三十歳を目前に控え、先行きの無い恋に縋るのはもうよそうと一大決心したところに、会社の上司にあなたとのお見合いを勧められました。これこそ、運命。神のお導きと、僕は思ったんですね。」
「まあ、そうなると、私はあなたにとって神によって定められた運命の女性ということになるのかしら。」
「はい、そうですね。それ以外の何者ではありません。」
彼が私に別れ話を切り出した謎は解けた。私は、雷に打たれた気分だ。
その上、先ほどより熱く燃え上がる二人に、私はいたたまれなくなった。
もうすぐ、テーブルの上で二人の指先が絡むに違いない。彼はきっとそうする男だ。
壁の大きな古時計を見ると、ちょうど三時を示している。私にとっては惨事だ、大惨事だ。私は、コーヒー代をテーブルに置き、外に飛び出た。
『私があなたを嫌いな理由は、口説き上手のくせに、女心を全く分かっていないということよ。私だって、あなたとの結婚は考えたわ。夢見たものよ。あなたが、もっと強引に迫ってくれたらよかったのに・・・・・。押しが弱いから、本当に私と結婚したいのかなって、私が不安になっていたことに気づかないんだから。私は悪くない。あなたが悪いのよ。でも、今更、それを言っても始まらないか。』
私の切り替えの速さ、立ち直りの潔さ。
彼が私を好きだった理由の一つだったのである。
皮肉なもんだな。
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