Day.3 彼の話を僕は聞いてみようとする

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Day.3 彼の話を僕は聞いてみようとする

 額から流れ出た汗が首を伝って服の中に落ちていく。暑い。流れる汗を腕で拭って、僕は目の前の階段を一段ずつ上がる。色がくすみ、所々傷の付いたランドセルを背負い直したところで「あぁ、またこの夢か」と気が付いた。毎年、僕は誕生日に決まって、歩道橋の上で彼と話をする夢を見た。  夢は、起きた時にはほとんど忘れてしまい、毎度話し相手になる彼の顔だって、ぼんやりとしてあまり思い出せなくなっている。小さい頃は、これが夢である事に気が付かないで彼と話をしていたが、もうすぐ10歳になる僕には、ここが現実ではない事は分かっていた。今回も彼が歩道橋の上で待っているだろう。  思った通り、道路の上にかかっている橋の部分を渡って、左に曲がったところで、見覚えのある背中を見つけた。 「おや、早かったね」 下り階段に腰かけていた彼は、僕が来ると振り返って、口元を綻ばせた。 「日差しがなくても、暑いものだね」 僕が隣に腰かけるのを待ってから、彼は曇った空を見上げて呟いた。 「日本は湿気があるから蒸し暑いんだって、本に書いてた。」 暑いと言ったくせに汗を一粒も流していない彼をちらりと横目で見てから、僕は短く返した。 「何かあったの?」 少し冷たい態度を取ってしまったからか、彼は不思議そうに首を傾げた。僕は、何でもないと言いかけて口を閉ざした。そうだ、これは夢なのだから、彼に気を使う必要はないのだ。 「クラスの子が本ばかり読んで変だ、って言ってきたんだよ」 溜息と一緒に、僕は悩みを打ち明けた。 「そうなのかい?」 彼は、柔和な表情を称えたまま聞き返した。 「うん。ドッジボール大会が近いから練習しようって言われたんだけど、読みたい本があるからって断ったら、そう言われた」 「喧嘩したの?」 「いや、喧嘩にはならなかったけど…」 小さく返事をして、僕も空を見る。視界いっぱいに広がる灰色の空は、今にも雨が降りそうで、グッと重く僕の頭上に迫っていた。 「僕、変なのかな」 誰に向かってでもなく、僕は呟いた。  彼は返事をするでもなく、ただ静かに階段の先を見つめていた。その顔から微笑みは消えていて、真剣に何事かを考えているようだった。今までに見たことのないに、僕は何か薄ら寒いものを感じた。 「君は、誰なの?」 以前から思っていた事をそっと聞いてみる。彼は、顔を上げるとおもむろに立ち上がって、グッと伸びをした。 「ねぇ、今日は一緒に帰らない?」  僕の問いには答えないで、彼はいつもの明るい声と笑顔で聞いてきた。表情も声の調子も、いつも通りで何も変わらないのに、僕には今までの彼とまるで違うように見えた。僕の背中に嫌な汗が流れた。 「いや、今日はいいや」  胸騒ぎを覚えた僕は、とっさにそう答えてしまった。  彼は、ちょっと悲しそうに「そっか、残念」と肩を竦めると、「またね」と微笑んだ。 「うん、じゃあね」 僕は小さく手を振って、階段を下りていく彼を見送った。車が走行音と共に歩道橋の下を潜り抜けて行った。
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