Day.1 僕は彼と日常の話をする

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Day.1 僕は彼と日常の話をする

 顔を上げると目の前に長い階段が続いていた。そうだ、帰らなきゃ。蟻の行列を邪魔するのにも飽きていた僕は、拾った木の棒を握りしめたまま立ち上がった。おじいちゃんに買ってもらった新しい大きなランドセルを「よいしょ」っと背負い直して、階段に一歩、足をかけると、鼻がツンとするにおいがした。このにおいが嫌で僕は、顔を少し左に向ける。クリーム色の鉄柵越しに道路が見えた。お母さんは、道路は車がたくさん通っていて危ないから、この階段の道を使いなさいと僕が出掛ける度に言う。この階段の道は「ホドウキョウ」という名前らしい。  臭いにおいを吸い込まないように息を止めながら、僕は階段を一歩ずつ上る。苦しくなって来たら、口で小さく吸い込んでまた息を止める。口で息するとあまり鼻が痛くならないから不思議だ。泳いでる時も同じだ。泳いでる時は、水からちょっと顔を出した時に息を吸う。吸って、止めて、吸って、止めて。何だかこの呼吸も苦しくなってきて、階段の途中で足を止めた。 「やぁ、暑いね」  声のする方を見上げると階段の先にあの子が立っていた。正直、僕は彼にあんまり会いたくなかった。 「そんな顔しないでよ。僕は、君に会いに来たんだから」  僕のムスッとした顔を見て、彼は困ったように笑った。そして、階段を一段下りて、腰を下ろした。 「学校は、楽しい?」  彼は、自分の隣の空いているスペースをトントンと軽く叩いた。ここに座って欲しいらしい。 「母さんが、地面に座るのは汚いからダメって言ってた」 「ここは階段だから、大丈夫だよ」 聞かれた事に返事をしなくても、彼は何が楽しいのか、ニコニコしたまま僕を見つめる。いつまでも見つめられているのも落ち着かないので、僕は仕方なく彼の横に座った。何だか悪いことをしているみたいでお尻がソワソワしたけど、ランドセルを下ろした背中を風が通り抜けたのが気持ちよく、いつしかソワソワした感じもどこかへ行ってしまった。 「学校はどうだった?新しいお友達はできた?」 彼は嬉しそうに、入学してから学校生活には慣れたか?流行っている遊びは何か?勉強は楽しいか?宿題はちゃんとやっているか?などを次々と質問してきた。まるでお母さんみたいな事を聞くなぁと思いながら、僕は、ひらがなが書けるようになったことや学校が大きくて広いこと、この前探検した時に「トショシツ」というたくさんの本がある部屋を見つけたことを話した。僕が話している間も、彼はずっとニコニコしたままだった。話が終わる頃には、青かった空がオレンジ色になりかけていた。久しぶりにたくさんしゃべって疲れた僕は、暗くなっていく空を見上げながら、ぼんやりと、そういえば学校にはお昼寝の時間がないんだよなと保育園で過ごしていた頃を少し懐かしく思った。
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