0人が本棚に入れています
本棚に追加
「それに、そんな原因を作ったのはあなただ。あなたみたいに僕は浮気もしないし、何倍も妻と子供たちを大切にしているつもりです。それより、ご自分の顔を鏡でご覧になったらどうですか。今のあなたはその辺のごろつきとおんなじだ。その昔、ボクシングの世界チャンピオンだった面影は全くないですよ。」
棚田に言われた言葉で、俺は我に返った。手が震えている。若い頃と違い、久しぶりに人に掴みかかり、少し動揺しているらしい。
「あいつが言ってました。結衣がまだ幼い頃、公園の花壇に結衣を座らせていると結衣の後ろに大きな蛇が一匹、鎌首を持ち上げて、今にも結衣に飛びかかろうとしていた。それをあなたがそーっと結衣を抱いて蛇から引き離したそうですね。
あなたが冷静で勇敢に見えたそうです。あなたに対して憎しみしかないように見えるのに、それだけはあなたを褒めるんです。きっと僕があなたより、頼りなく見えるからでしょう…。」
「今は俺がその蛇だがな」
「そんなつもりじゃ」
棚田は川崎に気遣うように、彼の言葉を否定した。棚田の優しさに、ふっと笑顔溢しながら、川崎は小さな包みをスポーツバックから取り出す。
「これ結衣に渡してくれ。誕生日プレゼント。腕時計なんだ。」
川崎は躊躇いがちにひと呼吸おく。
「前に会った時、昔俺が買ってやったやつは壊れたって言ってたから。」
「ご自分で渡してください。その方が…。」
棚田が、プレゼントの包みを持った川崎の手を突き返す。
「いいんだ。実日子につきまとって悪かったな」
棚田は川崎から、小さなプレゼントの包みを受け取った。それから川崎は手を上げて、棚田に背を向け歩き出した。
俺はいつもこうだ。学生時代から仲のいい奴には、俺と正反対のようなタイプの友人がいた。俺はなかなかそいつと反りが合わず、俺が彼らの前からフェイドアウトしていく羽目になった。この世における俺の感じる疎外感は、運命だとでも言うのだろうか。川崎は多くの人が行き交う、ロビーにある正面の自動扉を通りながら一人ため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!