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多分蛇は、薬殺されて捨てられるのだろう。草むらから出て来る時に見た、蛇の鋭い眼差しや、しなやかで勇壮な姿が目に浮かび哀れを誘う。俺はまだ小さい結衣の頭を撫でた。
「蛇も生きてるのになんだかかわいそうね」
実日子も同じことを考えていたらしい。
「仕方ないさ、毒がなくてもどんな菌を持ってるかわからない。俺は猫に手を引っ掻かれてグローブみたいに腫れたことがあるよ、試合前で本物のグローブが入らなくてさぁ」
「うそぉ」
「嘘じゃないよ。でも、こんな小さいのが蛇に噛まれたら大変だぞ」
「そうね」
実日子は今にも鎌首を持ち上げ、結衣に飛びかかろうとした蛇を見た時の青ざめた顔から、今はホッとした穏やかな笑顔を浮かべている。
「ねぇ、今日晩御飯なんにする?」
「ハンバーグかな」
「またぁ?」
そう言って笑いながら三人で、公園から家に帰ったのだった。
あの時、俺はどうしてあんなに興奮していたのだろう。自分の家族に危険がせまる中で、奇妙に心が浮き立つような興奮だった。
水の中の孤独よりも、戦う相手がいるリングの方が、やはり俺には性にあっているのかもしれないと川崎は思った。
俺が孤独を孤高に高めることが出来るとしたら、それはやはりボクシング以外ないような気がした。
そう思って顔の前で拳を作り、右に左にパンチを繰り出してみる。どちらも両手を動かすものだとしても、先ほどのクロールとはだいぶ違うように思う。
もちろん、誰かと戦おうとしているわけじゃない。自分に向かって川崎はパンチを繰り出しているのだった。
川崎は害獣駆除の職員と蛇が対峙している姿を想像する。職員が仕掛けの付いた棒で蛇に迫る。蛇はそれを素早くかわし、威嚇しながら職員に飛びかかろうとする。どちらが勝つのだろうか。
川崎はまぶたを閉じる。いくつものライトと歓声を浴びて、リングに登るかつての自分の姿が思い出されるのだった。
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