蛇になった男

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か「うわぁ。降ってきた!」 「ホント!すごい」 私たちの頭や肩に大粒の雨が叩きつける。鞄から折り畳み傘を取り出し、慌てて広げながら、天が私にこれでいいのか?と問いただしているような気がした。 私はさっきから、匡臣さんが私を呼んでいるように感じてならなかった。今私が匡臣さんに会わなければ、匡臣さんはどこか遠い所に行ってしまう。そんな気がした。 「ごめん!紗希、急用思い出した。先行くね!」 「えっ?何?どうしたの!」 「ごめんねぇ」 「結衣!」 紗希の声を背中で聞きながら、私は濡れて濃い色に変わるアスファルトを走り出していた。 走りながら、紗希のブラウスの雨に濡れた部分にピンク色のブラジャーが張り付いていた光景を思い出す。紗希のブラウスはトレース用の薄紙のように、ブラジャーのレースの模様も色もはっきりうつし出していた。 男子の気を引こうとしていると言う、みんなの影口。紗希の内股気味に歩く後ろ姿が、しなを作っているように見えた。紗希に対して反感とも言うべき気持ちが薄く広く私の心に拡がっていく。 嫌味の一つも言えれば真っ正面から対峙しなくて済むのだが、私は嫌味を人に言うのが苦手だった。どこか陰湿で、心の奥には嫉妬を隠し持っているような気がするから。 「紗希!ブラ透けてっぞー!」 結衣は振り返り、大きな声で紗希にそう叫んだ。 「わかったから、大きな声出すなーっ!」 紗希は笑って、こちらに手を振り返した。 走っていたので、紗希との距離はもう数十歩離れていただろうか。数十歩。二人の間に開いたその距離が結衣に、紗希に対して言うべきことを言わせたような気がした。
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