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私は亡くなった主人の顔を思い浮かべる。あなたが私を置いて先立ってしまったから…。だから私は淋しさを紛らわすために、あんな男を、食事に誘ったりしたのよ。
川崎は、私のことを人前でも平然と、俺の好みじゃない俺は面食いなんだなんて言ったわ。それを聞いていた通りすがりの人たちが笑っていた。
私を笑いものにするなんて許せない!会社を経営していた主人が生きていた頃は、私はもっと豪勢にお金を使い派手な暮らしをして、あいつなんて歯牙にもかけないほどだったのに。
主人が死んで会社を畳んで、会社を運営していた時の借金を返したら何もなくなった。今は遺族年金で暮らしている私だけどね、馬鹿にしないでもらいたいわ。見てらっしゃい、目にもの言わせてやるんだから。
そして女はロビーに行き、カウンターを挟んで受付の男の前に立つ。受付の男はにこやかに、お帰りですかと女に挨拶をした。
「ちょっとちょっと、見てたでしょ?もうちょっとで殴り合いになりそうだったわ」
女がスポーツクラブのロビーで川崎が棚田に掴みかかったことに対して、苦情を言う。女の声は大きく、フロアに良く通り響いていた。
「でも実害は…」
受付の男性はしどろもどろに受け答えをする。
「ボクサーの拳って凶器と同じで、手を挙げれば犯罪になるのよね。川崎ってさ薬物疑惑もあるのよ、あなた知ってる?何かあってからじゃ遅いんじゃない?」
女がロビーの男性に詰め寄る。何事かと人だかりが出来、ざわつき始めた。
「川崎が他の客の胸ぐらを掴んだらしいぜ」と火種はすぐに飛び火する。
「あら、殴ったって聞いたわよ」
ロビーに集まった人たちから、口ぐちに川崎に対する非難の声が上がった。
「川崎さんを出禁…ですか…」
受付の男は、女の言わんとする言葉を口にする。それを聞いて、女は満足気な笑みを浮かべ頷いた。
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