蛇になった男

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受付の男は、お昼過ぎにスポーツクラブに入って来た川崎と挨拶をし、軽く言葉を交わしたことを思い出す。 「走ってこられたんですか?」 川崎の額から流れる汗を見てそう言った。 「いい天気だったからジョギングして来たんです」 「でも、今日は夕方から雨だそうですね」 「えー、折り畳み傘持って来なかったなぁ」 そんな他愛もない会話と、屈託のない川崎の表情を思い出す。 他の客に、ストーカーのようなつきまとい行為をしているという噂を耳にしたことはあるが、それについての苦情を受付たことはなかった。 受付の男は以前このスポーツクラブの、インストラクターをしていた。しかし、ボディービルダーのような体をしたちょっと強面の先輩との人間関係に悩み、インストラクターをやめて、今は受付兼事務の仕事をしている。 外見の見てくれにこだわるその先輩は、内面も良いかっこしいで、裏表のある人物だった。 そして担当したお客様からのアンケートで、理想の体にならないと書かれることが多い私に対し、仕事のできないぼんくらと罵った。 当時、私の受け持つ客は心臓に持病を抱えていたり、手術後のリハビリも兼ねての運動をといった中高年が多かった。私はそのことを考慮して、無理なプログラムが作れなかったのだ。 彼にそんな事情を説明しても、言い訳だと言われ取りあってもらえなかった。そんなあいつは、タレントやIT関連のセレブ社長ばかり担当したがる癖にと私は悔しかった。 受付の男はそんな外見ばかり取り繕う奴より、川崎のように粗野で不器用で、自分の気持ちをそのまま出すような無骨な人間の方が、よほど信用ができるような気がした。男は、川崎に憧れのような好意を寄せていた。
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