蛇になった男

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外を見ると空は黒い雨雲に覆われていた。 昔、匡臣さんが変なことを言っていた。人は悪い感情を持つと、黒い靄のようなものがその人の周りに立ち込める。それを放って置くと、人はその靄に支配されてしまうのだと。 そして私にも、そんな靄が沸き起こっていたのを見たことがあると言った。それは、結衣を身籠もる前の不妊治療中のことだった。 私は匡臣さんと一緒に、電車に乗って匡臣さんの友人の家に遊びに行く所だった。普段、移動には主に車を使っていたのだが、その日は友人の家で二人ともアルコールを飲むだろうと思い、電車での移動にしたのだった。 ベビーカーに赤ちゃんを乗せた、若いお父さんとお母さんがホームの白線の上で電車を待っていた。若いお母さんは、匡臣さんに気づいてそれから隣にいる私を見た。嫌だなと思った。 私は先日、テレビの朝のワイドショーに出た。やはり私のような素人が、テレビなんかに出るもんじゃなかった。どうして断らなかったのだろうと私は今にして思う。 ワイドショーは生放送で、不妊治療についての特集だった。元ボクシングの世界チャンピオンの川崎の妻だという私が、不妊治療の経験や、子供を欲しいと望む今の気持ちについて、聞かれたことに答えるというものだった。家に帰って匡臣さんと二人で録画を見て喜んでいたことが、今では滑稽に思えた。 若い母親はまたこちらを見た。なぁに?眠いの?と言いながら、彼女は赤ちゃんをベビーカーから抱き上げる。
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