蛇になった男

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これから誰もいないマンションに帰る。そう思うと、足が鉛を付けたように重くなった。そして、どこからともなく現れた暗く湿った靄のようなものが、川崎の心と体に纏わりつき、振り払おうとしても、指の間からするり抜けていった。 それでも川崎は体操をするふりをして、その黒い靄を取り払う。しかし、しばらくするとまたその靄が、もくもくとうねりを上げながら彼の周りを取り囲むのだった。 この靄は邪気のようなものだろうか?それとも俺の救い難い孤独から来るものだろうか? いつかその靄に占拠され、自分自身が黒い靄になってしまうんじゃないか。そしたら俺はどんな人間になるのだろう。 自分が犯罪を犯すことなど考えたことはなかった。だがそれはちょっとした弾みで、だがが外れた状態になることだってあるような気がする。 人ごとのように見ていたニュースやワイドショーに、自分が犯罪者として名前と顔が出るところを想像して背筋が凍る。 何事にも恐れを知らないかのように、意気がっていた若い頃の自分から見れば、社会から転落することを恐れている今の自分はなんと小さく臆病に見えるだろうか。 しかし、それほど一人の人間は小さな存在なんだということに、大人になって気づかされたのだと川崎は思った。
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