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「ねぇ、覚えてる?子供の頃、私が世莉を連れてよく結衣の家に遊びに行ってたでしょ。ある日、結衣のパパは世莉のことこう言ったのよ。世莉ちゃんは水風船みたいだねって」
「覚えてる。いきなり何を言うのかと思った」
「水風船は踏んでも、ゴムが伸びて別の方向に膨らんでなかなか割れない。世莉ちゃんにはそんな感じがするって。でもなんだか言い得てるような気がする。世莉は教師や親の言いつけをひょいひょいかわすのが上手くて、結局親に怒られるのはいつも私だったもん」
「ははっ。世莉に似てる美山もそんなところかもね」
普段、口下手であまり喋らず、何を考えてるのかわからない事が多かった匡臣さんだったが、いきなり口にした言葉に驚かされることがあった。
友達の妹のことを、そんな風に形容するなんて…。スポーツマンは頭なんか使わず、繊細なことに疎いなんていうステレオタイプの先入観を、私はそれまで匡臣さんに当てはめていた。若い頃はとかく人を侮るものらしい。
私は椅子に掛けていたベストを羽織り、鞄を持つ。校則では夏はベストを着用してもブラウスのままでも、どちらでも良かったのだが、近くに男子校があるため、みんなベストを着ていた。着ないとそれを見かけたクラスメイトに、男子を誘っているとあとで影口を叩かれたりするのだ。
行こう!と歩き出す紗希の白いブラウスから、薄いピンク色のブラジャーが可憐な花びらのように透けて私の目に映る。人は影口を叩いたり叩かれたり、どちらの立場にも容易になりうるのかもしれないと結衣は思った。
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