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川崎はシャワーに向かおうと、中央にある出入り口のガラス戸に向かった。濡れた足でペタペタとプールサイドを歩く。後ろに誰かいるのを感じ振り向くと、競泳用の水着を着た年のいった女がいた。
「川崎さん、今終わり?」
このスポーツクラブの常連でいつも、挨拶だけ交わす女だった。川崎には、女が六十を過ぎているように見えた。
「いいお店があるの。付き合わない?」
こんな年でも勇気がいるのだろうか、それともこんな年だから恥ずかしいのだろうか。心なしか女の声が上擦り、上気しているように見える。
「あー今日はダメなんだ」
川崎は悪いと思っている演技をする。
「実日子(みかこ)さん?さっき帰ったわよ。もうやめなさいよ、このジムにいる間トイレと更衣室以外ずっと彼女につきまとって。そんなことしても、よりなんて戻らないわよ」
女が強い口調でそう言ってくる。実日子が元嫁だということを知っている口ぶりだった。このスポーツクラブで、俺の噂が飛び交っているのだろう。
「たまにでいいから、元の家族三人で会いたいんだ。友達づき合いくらいの仲でいいと思ってるんだが、なかなか上手くいかなくてね。」
川崎はどうして、こんな女にうっかり自分の事情を喋ってるのかと呆れるが、誰かに自分のことを聞いてもらいたいという気持ちがあるのかもしれなかった。
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