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白い吐息が、透き通る真っ青な空に放たれて消えた。
この異国人(サラ・シトラーと言うらしい)は、カナダから訪れた留学生らしい。寒さの厳しい1月のひりつきもなんのその、極限まで暖を取ろうと猫背になる私と裏腹に、シャンとした足取りで隣に寄り添って歩いていた。
「“サラ”ト呼ンデクダサイ!」とカタコトの日本語で初対面の挨拶を交わしたあと、「今日からうちにホームステイだからね。ちょっとあんた、この辺案内してきなさいっ」なんて雑なフリで着いたばかりの家を追い出されたのだった。
あーどうしよっかなぁ……
ペタペタと形容したくなる足取りで歩くのがサラ……の癖のようだった。
私より頭ひとつ分くらい大きいその姿は、大きな白い大型犬みたいだなーなんて思いながら、私は近くの丘に立つ東屋へ向かうことにした。
そこがこの町一番のお気に入りだったからだ。
「……アナさんは、ナンサイ、デスか?」
「ナンサイって、歳?二十歳だけど、ってかアナさんじゃなくて“あんな”ね。アナだとアナ雪になっちゃうから」
「あん、な?」
「そ、杏奈」
「ア、ナ……アンナさん!」
「そーそー!キミは、サラさん?」
「ハイ!ワタシのナマエハ、サラです!サラダのサラです!」
「サラダってなにそれーもう変なのー」
異国人もダジャレを言ったりするんだなぁなんて変な事を思いながら、妙な打ち解け方をした。
噛み合っているのかいないのか、自己紹介らしい会話を続けていると、目の前が一瞬白く輝いて夕焼けとともに大きく開けた。小高い丘の上にひっそりと立つ、白いペンキが柱の下から屋根のてっぺんまで塗りたくられた東屋からは、隣町まで地平線とともに見渡せる。
それはまるで、小宇宙の覇者にでもなったかのようで……。
この場所はなんにも考えなくてよくなるから、必要な場所で、好きだった。
「……とても、beautifulデスね……」
「うん、この景色、ステキでしょ」
「…………」
意味深な無言が一時続いた。大都会ではないがのどかで心地よい町。辺りは静けさを帯びていて、それに親和するかように立ち居る彼女を横目でちらと見てみると、美しい大きな瞳で遠い空を見つめていた。
「……帰りたくなっちゃった?カナダに」
「イエ、ケド、思い出す事がアリマス……」
「ふーん……。でもすごいね、一人で外国に暮らすなんて」
「……ワタシは日本がスキデス。ダカラ、頑張ってベンキョウシマス」
震えたようにも聞こえたその声は、それでもまっすぐ空へと飛んでいった。
偶然の成り行きで同居人となったこの異国人は、自分より遥かに大きな世界が見えているのかもしれない……。
何の覚悟もなく生まれ育ったこの土地で、なんだか当たり前の選択肢を選んできた自分自身と無用な比較をしては、ちっぽけな自分が情けなく感じらた。
その気持ちに見なかったフリをして、何にもならない軽薄な尊敬で蓋をした。
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