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突拍子な生活が馴染む頃にはホームスティも2週間が経っていた。
サラとはほとんど毎日朝夕飯を共にし、同い年だったことと、サラの貪欲な積極性のおかげで、次第に仲を深めていった。傍から見ると外国人モデルのようなのに、カタコトの日本語でまっすぐに話す様子は、私の琴線をくすぐり愛らしかった。
今週末は留学先の講義がないとかで、「日本をアンナイしてクダサイ!」と言い出したサラと一緒に、電車を乗り継いで二人買い物へと出かけることになった。それくらいの間柄にはなっていた。
「アンナ!すごい!すごい!このロボット何デスか!?」
「ちょっとサラ、はしゃぎすぎだってー」
子供みたいに駆け回るサラの後ろを、呆れ半分可愛さ半分で追いかける。
二十歳になってこんな無邪気になるなんて自分でもバカみたいだと思う。
それでもなぜだか、この容姿端麗な愛らしさ100%の異国人とその彼女を連れている私、という私たちだけ、特別な何か許しをもらったかのように、夢中に笑い合った。
ひとしきり興奮して、笑い疲れながらバタバタと壁際にもたれかかった。
「ねぇ、ちょっと、サラ、……休憩、しよっか」
「ソデスネ……さっきstarbucksアリマシタ!」
次の予定を定めて、肩を並べて幸せな時間を共有しているその時。
大きな黒い影が風とともに訪れ、私の眼前を圧迫し暗闇に染めた。
「……杏奈?」
低音な声の主を意識するのに一時の時間が必要だった。
サラと同じくらいの背丈だけれども、サラの様な愛らしさは感じられないその男の正体が、忘れもしない半年前別れた元恋人だと気づくと、血の気がサァーと引いた。ニヤニヤと近づいてくるその姿に、反射的に背を向けて俯いた。やめて、こいつとは、嫌な思い出しかない……。
「おっ、やっぱ杏奈じゃん、なぁに下向いてんの、こっち見ろよ」
そう言って容易に触れてこようとする男の手を硬直する意思で振り払った。
「んだよ、つれねぇなぁ……」
「……」
「なに、俺のこと忘れたわけ?おいおいー」
「……、やめて……」
「アンナ……」
大きな瞳を不安げに染めてサラは私を見つめていた。
大丈夫、もう行こう。その一言が口から出そうで出せなかった。
「えっなに、お前の、知り合い?…っめっちゃ可愛いじゃん!紹介しろよ」
「……ふざけないで……サラ、行こう」
サラの腕を必死の思いで掴んでその場を後にしようと試みた。
一歩一歩の足取りに重さを感じずにはいられないのだけれど、それでもなにか縋るように、今を抜け出した世界へと進もうと歩んだ。
「なんだよ、逃げんなよ」という恨み節の声が背中から悪寒のように押し寄せてきたが、必死でこらえた。
心臓がドドドドと鳴っている。サラを掴む手は氷のような冷たさが手のひらから末端まで伝わり震えていて、足取りが何処に向かうかもわからない。
怖い。
あの頃の嫌だった過去が、蘇る隙を与えぬよう一心に歩く私に、サラは何も言わずについてきた。
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