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陽の光を含んだ明るいショッピングモールの中は休日のざわめきで満たされていた。
どこまで来たのかわからなかったが、あの男から随分と距離をとり、すっかり消え失せたところで足を止めた。
「……はぁ……ごめん。変なとこ見せたね……」
「……」サラは何も言わなかった。
「あっなんか、飲み物……」
「アンナ……。ワタシが買ってキマス。アンナはココでマッテイテください」
そう言ってサラはパタパタと向かいにあったカフェへ駆けていった。
一人になると、落ち着きと不安の、その天秤のゆらぎがだんだんと収まってきた。目を閉じるとあの男の、あの最悪だった浮気現場が蘇ってくるようだ。
やめよやめよ、そう自身に言い聞かせて、ぼんやりとまっすぐ目の前の視界に映るサラを目で追うことにした。
「アンナーコッチー」
カップを2つ持った両手を高く上げて私を呼んでいた。
無心の時間は長さを感じさせず、気が付くとサラは購入を終えて店内の席をちゃっかり確保したようだった。ハッと我に返りのそのそと近づいていくと、サラは大きな瞳でそんな私の姿を追っているのがよくわかって、妙な気恥ずかしさを今日初めて感じられた。
店の角のソファ席にL字型に並んだ私たちには温かいカフェラテが待っていてくれて、安心した。
「カフェラテでOKでした?」
「うん。ありがと」
受け取った温かなカップを手に、揃って一口飲むと、唇がじんわり温かく、包み込むようなふわふわした甘さに満たされた。
「……さっきのね、元彼っ。マジむかつく奴で。ホント!……私の友達、という今はもうあれだけど、と昔、浮気しやがってさ……、ごめんね。もう会うことないと思うから……」
カフェラテが満たして温まった心から先ほどの出来事をなかったことにしたい私は、どうにか私とサラの中のあくどい認識を笑い飛ばせれば良いと思いながらも、上手くいきそうにはなかった。
全ての言葉の端から抱かれる印象が、余計に私を惨めにしてしまう。
そんな下手くそな私に手を差し伸べたのはサラだった。
「……アンナ、ツラそうでした」
透き通るような美しい声でそう囁いたと思ったら、長くて白い腕が私の頭の上にぽんと置かれた。サラの白い肌が陽の光に薄く照らされて、暖かさを含んで大きく白く輝いた。
手のひらの暖かさが不思議で、心地よくて、サラを見つめ返すと、ニコッと微笑んだ。そして笑顔で「ぽんぽん」と柔らかく包み込む響きで呟いた。
その静止された手と不可思議な言葉が何を意味するのか、逡巡の後はっきりすると、触れられた頭からぎゅっと抱きしめられるような無防備な優しさを受け取って、口元がほころんだ。
「……サラ」
「ワタシ日本のマンガで読みマシタ。ぽんぽんというと、カナシイ人、元気が出るとベンキョウしました!」
そう澄み切った大きな瞳で訴えるサラが、可愛くて、面白くて、愛おしくて。今まで他のどこででも出会うことのなかった、その愛らしい嬉しさだけが胸から大きく溢れ出た。
「ほんと、サラ。なんなの、ははっ……ありがとうっ」
私はそう言ってふふふと、綻ぶ顔を取り戻して笑い続けた。
出会って幾ばくもない遠く彼方からやってきたこの異国人の行動は、心の氷を溶かし私の中にはっきりとその姿を焼き付けた。
煌めく明るい輝きは、全身を駆け巡って私の今をときめかせるかの如く。
それでも私はまだそれに気づかぬことにした。
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