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プロローグ
プロローグ
満月が青白く輝く夜、山に囲まれた村の小さな家の家族団欒の時間は、突然崩れ去った。
「敵襲、敵襲〜!!!」
父親は椅子から飛び上がるように立ち上がり、側に置いていた手入れが完璧に施された銀色の防具を身につけ、同じく銀色の剣を手に持った。
そこに小学四年生くらいの男の子が歩み寄る。
「俺も行く!」
「だーめだ」
「なんで! 俺はもう充分戦える!」
「お前が来たら、誰が母さんを守るんだ?」
うぐっ、と口をまごつかせると、その少年は大人しくなった。
「母さんと隣のエレナちゃんと奥さんを連れて、北の洞窟に向かえ。そこならきっと見つからない」
少年は無言で渋々頷く。父親は自分譲りの綺麗な琥珀色の髪を撫でた。
「あ、そうだ」
父親は両手を前に出し、ぐっと力を込めると、目の前の何も無かった空間に小さな光が集まり、そこに白銀に輝く一本の剣が現れた。手渡されると、ずしっと重たい感触が両手にのしかかる。
「これをお前に託す」
それだけ言うと、父親は家を出て行った。
隣の家の同い年の少女達と合流し、ただ走った。
その少女はいつも鮮やかな紺青色の髪を揺らしているが、今は夜のためその色はよく見えない。それでも満月のほのかな光に照らされる横顔はとても美しく感じられた。
既に家がある村の方角にはいくつかの火の手が上がっており、戦闘の音も聞こえてくる。
すると突然、横道から銃声が響く。銃弾はその少年の足元の地面を抉った。
「隠れろ!」
身をかがめ、草に隠れて辺りの様子を確認すると、三人の敵兵が銃を構えている。その三人は皆怪我をしているようだ。
「みんなは先に行って。この先には小さな村があるだけで、そこに洞窟がある。エレナ、場所は分かるな?」
少女は頷くと、親二人を連れて低い姿勢のまま立ち去った。
「(三人か、この地形ならいけるな)」
少年は石を投げ、その音に反応した敵兵を背後から父親から譲り受けた白銀の剣で首元への一撃。さらに動揺した敵は、味方の音に反応して銃でもう一人を撃ち殺した。その敵も少年が背後から心臓を一突きする。
「(よしっ)」
少年は小さくガッツポーズして、目的地の村の方角を見ると、緋色の炎が赤く燃え上がり、夜空をも照らしていた。
「くそっ、なんでこんなことにっ」
燈色に照らされる夜空の下をひたすらに走った。あんな小さな村を襲う価値などないはずだ。いや自分たちが住んでいた村だって同じだ。そんな無駄な思考を振り切り、ただ足を前に運ぶ。
ポツリと一滴の雫が頬を濡らした。その感覚は次第に増えていき、少年の体を濡らす。
ようやく辿り着いた時には、そこは地獄のような景色が広がっていた。家は焼け、人は地面に倒れている。激しい金属のぶつかり合う音と銃声が響き、人の叫びと混ざり合っている。
洞窟の方へ一目散に走った。しかし、流れ弾が少年の左肩を貫く。走っていた勢いのまま、肩から地面に倒れ込み、じんじんとした鋭い痛みが肩を突き刺す。
それでも立ち上がろうと前を向いた時、目の前に自分と同じくらいの体がぐったりと倒れていた。その体は周りの炎に照らされて、はっきりと姿を捉えることが出来た。
いつも見ていた紺青色の髪。少年は目を限界まで開き、言葉を失った。地面を這うように近付き、その体を抱き上げる。
「あ、あぁぁっ!!!」
もはや言葉にすらなっていない嘆きは、周りの音にかき消される。
「……なんで……、なんでだよ!」
いつの間にか周りを銃を構えた敵に囲まれていた。
「その剣を置いて、両手を上げろ!」
剣を強く握り直し、俯いたまま立ち上がる。
ふざけるな。お前達がいなければ。
俺に力があれば。
その時、体に不思議な感覚が訪れた。脳に描かれるビジョンをそのままイメージする。脳を突き刺すような痛みが走るが、そのまま体全体に力を込めた。
「あぁぁぁっっっ!!!」
すると、周りの家を激しく燃やしていた炎が少年の頭上に渦を描きながら集まる。その渦は少年を包み、姿が確認できなくなったところで波のように周りに広がり、敵を薙ぎ払った。
それからの記憶はほとんどない。
ただ怒りに身を任せ、敵を焼き尽くしたという感覚だけは残っている。それでも無限に湧き出てくる敵に、いつしか体が動かなくなっていた。
炎は既に消え、黒い炭だけが残り、もはや村の面影はなくなっていた。雨は先ほどよりも強くなり、地面の土はすっかりぬかるんでいる。新たな敵の軍勢が前方に見えるが、歯を食いしばっても体に力は入らず、起き上がることはできない。
「俺はこのまま死ぬのか……」
目の前の敵がとどめを刺そうと銃を構え、大きな発砲音か聞こえた。
「(これで、俺もそっちに行けるよ、エレナ)」
その瞬間、視界をまばゆい光が包んだ。目の前には、自分を守る人の影。体を透明な岩石のようなもので武装したその男は、手を大きく鋭い爪のように変化させると、地面を強く蹴ると同時に敵にとてつもない速さで襲い掛かり、あっという間に殲滅してしまった。敵の攻撃をもろともしないその傍若無人な戦闘は少年の目だけでなく心をも奪った。
戦闘を終え、少年の元に歩み寄ってきた灰白色の髪に無表情のその男は、とても若くて三十歳前後のように見えた。
「大丈夫かい?」
少年は、一人の英雄に出会ったのであった。
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