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第一章 入学試験編
『エレメント』、それは元素を自在に操る力。この力が発見されてから、人類は飛躍的に科学を進歩させた。特に材料化学に関しての進歩は著しい。より用途に適した性質を持つ物質をエレメントによって生成することで、その材料を用いた製品はより高性能になる。
しかし、その化学進歩が最も進化させたのは武器だ。エレメントによって攻撃力の増した兵器によってそれまでは安全だった国でも争いは絶えなくなった。次第に物価は上がり、生活が困窮していく人々は戦争の終結を望んでいた。
そんな戦争の渦中にいるこの国『キラルス』の中央から北に伸びるノーデン通りはそんな戦争など忘れているかのごとく今日も平和だった。車が止めどなく通過していき、この通りは、入り口からそこそこ急な上り坂が二十メートルほど続く。そのつきあたりには石造りの巨大な宮殿が聳え立ち、異質な雰囲気を醸し出している。その坂道の入り口右側の歩道で駅から出てきた一人の少年はスマホを片手に周りを見渡していた。
「ここがキラルス……あの人の……国」
その少年は、中肉中背で琥珀色の髪、やや童顔ではあるが整った顔立ちをしている。黒のロングパンツと灰色のパーカーを着ていて、フードを浅く被り、パーカーの両ポケットに手を入れていた。背中には布の二本の細長い袋を背負っている。真紅の瞳が坂道の奥の宮殿を見据えていた。
その少年が息を大きく吐き出し、一歩を踏み出そうとした時、坂の上から大きな柳色の丸いカバンが若い女性のソプラノの悲鳴とともに歩道を転がり落ちてきていた。
「だ、誰か止めてくださぁぁぁあいっ!!!」
少年は表情を変えないまま、ポケットから両手を出し、右足を後ろに下げ、カバンを受け止める態勢をとる。しかし、体に力を入れた瞬間、その少年の目論見は外れ、カバンの中から少女が飛び出してきた。少年が気づいた時には顔面にドロップキックを御見舞されていた。
「ったく人がかっこよく決めようと思ってたのによ」
少年は近くで買ってきたペットボトルの水で頬を冷やしながら不服そうに少女を見つめていた。パーカーのフードは外し、コンビニを囲む石段に腰掛ける。
「ほんっとうに申しわけありませんでした!」
肩くらいまで伸びた群青色の髪を激しく振りながら少年より頭一つ分くらい小柄な少女は全力で謝罪する。パッチリとした桃色の瞳はどこまでも透き通りそうなくらいに綺麗で、吸い込まれてしまうような魔力を感じる。カジュアルな長袖シャツとロングパンツの服装で、顔、首筋、少しだけ腕まくりをしているが故に見える腕は、ずっと部屋の中に閉じ込められていたのではないかと思うくらいに色白で細く、控えめな胸の上には高級そうな翠緑の大きな宝石のネックレスが輝いている。
「どうしたらカバンの中から飛び出してくるんだよ」
「ええと、ちょっと坂の途中でカバンから探し物をしていたら、そのまま転がり始めてしまって……」
少年は呆れた表情でその少女を見つめていた。
「君、名前は?」
「リア=サイサリスって言います」
「俺はアレン=アヴォガドロだ」
お互い手短に自己紹介を済ますと、リアはアレンをじっと見て、
「もしかして第一高校の入学志願者ですか?」
「ああ、そうだ」
「私もそうなんですよ〜」
その一言にアレンは目を見開いた。彼女の戦ったことがなさそうな見た目、武器を所持している様子もない、これから試験だというのに高級そうな宝石をつけていること、そしてなにより、こんなドジが第一高校を受けられないと考えたからだ。
キラルス第一高校はキラルス一の学校で、入学試験を受けることすら簡単ではない。しかも、今日は特に難関である特進科の試験の実技試験の日である。特進科の受験は特殊だ。まずキラルスの各中学校からの推薦や第一高校からの直接のスカウトがなければ受験資格すら得られない。そして筆記試験はなく実技試験のみだ。これは近年の戦争の激化に伴い、軍部の強化を目的に変更されたことだ。
ちなみにアレンはキラルス近くの国『バイゼ』では敵なしで、当時の先生が第一高校のお偉いさんと繋がりがあるらしく、特別に受験の許可をもらっていた。
「(なんだ、こいつ普段はポンコツみたいだが実力はあるみたいだな)」
なんて考えていると、
「では、これから一緒に行きませんか?」
「(まあ、断る理由もないな)」
というわけで、アレンはポンコツ美少女をパーティに加えることになった。リアが段差に躓きふにゃという情けない声を上げる様子を見て、アレンは不安を拭えないのであったが。
「バイゼ出身なんですか!? あそこの湖とっても綺麗ですよね! でもそんな遠いところからどうしてキラルスまで?」
「綺麗だったよ、俺が小さかった頃は」
「あっ……。ごめんなさい……」
バイゼは五年前に隣国から攻め込まれた。もともと山奥にある小さな町だったバイゼは為す術がなかったが、幸運にも遠征中であったキラルス軍に助けられ、キラルスの傘下に入り、遠征の拠点になっていた。そもそもバイゼはほとんど軍事力も資源も持っておらず、どうして急に攻め込まれたのかは今も謎のままであるが。
「俺はこの戦争を終わらせるためにここへ来たんだ。そして"あの人"のような英雄になる」
キラルスはもともと海沿いにあるどこにでもあるような小国であった。それが今や最も勢いのある国の一つと考えられている。今の最前線はキラルスの首都の遥か西側、よってこの首都の国民に今なお戦争をしているという実感はない。支配下の国を含めると、今や世界の四分の一もの地域を支配下に置く大国である。それもたった一人の男が国の情勢を動かしてしまった。
『ゼルギウス=ファラデー』、C(炭素)の能力者で、体を世界最硬の物質であるダイヤモンドに変化させる。ダイヤモンドが生み出す鉄壁の盾は最硬の刃ともなる。世界に炭素能力者は数多くいるが、ダイヤモンド構造はただでさえ構成するにはかなりの練度を要する共有結合の中でも特に難易度が高く、ダイヤモンドを扱うことができる能力者は世界でこのゼルギウス一人である。この圧倒的な強さを誇る現オラリア国王の体に傷をつけられたところを見た者はいないと言われている。国民は彼を崇め、彼に憧れる。アレンもその一人だった。ゼルギウスの右腕として世界を治めることがアレンの目標であり、野望だ。
「そう……なんですか……」
リアは申し訳なさそうな表情をしたが、アレンが気にするなと告げると、今までの笑顔に戻った。
「しかしこの国はもっと都会だと思っていたんだがなぁ」
田舎育ちのアレンにとって世界の四分の一もの国土を収めるキラルスは、もっと機械化が進んでいて、店ではロボットが店員を担い、人々は空飛ぶ車で移動をし、街は電子パネルでいっぱいのような状況になっているのかと予想していた。しかし実際には、所々にある店は多くがチェーン店で、田舎から出てきたアレンでさえ知っている店がほとんどである。店員は普通に人間が担い、空には数機の警備用ドローンが飛んでいるだけで、アスファルトで綺麗に舗装されただけの道に、普通のビルといった建物がそびえ立っている普通の街だ。ただ、かなり昔からの建物のため仕方がないが、大理石でできていると思われる宮殿は多少異質に感じられる。
「キラルスは王ゼルギウスが十年前に戴冠してから一気に勢力を広げましたから……。戦争で得た金銭は全て次の戦争のために使われているようです」
「でも、それじゃあ国民から不満が出るんじゃないか? そんな風には全く見えないけど」
この国の政治形態は直接民主主義だ。王は国民の直接選挙で選ばれ、その基準は戦争においての活躍である。よって王に選ばれるのはその当時最も強い人間だ。アレンの言う通りに王の支持率は高いものがあり、九割以上の国民が今の政治に満足していると言うデータがあった。
「確かに、戦争で得たお金は直接国民に還元されません。しかし、広がった領土は国に申請することで基本的に自由に使用することができるので、そちらで収入を得ることができるのです」
「なるほどねぇ」
キラルスの躍進の背景にはゼルギウス一人の力だけではなく、高い技術力と他国を圧倒する科学研究の進歩があった。その技術は全て戦争に使われていたため、国内の道や建物などは古いままなのだそうだ。
「着きましたね!」
ノーデン通りの入り口から徒歩で十分ほど進んだ位置の右手にあるのが、キラルス第一高校。校舎の見た目は一般的な学校だ。
門の奥、本館の前には既におおよそ三百人くらいの人だかりができていた。受付を済ませ、しばらく待っていると、一人の男が建物から出て来た。
「あ〜、本日試験官を務めるフーベルトだ。」
あたりにどよめきが起こった。それも無理はない。ブロンドの長めの髪をいかにも美男子と言えるその男、フーベルト=モールは、王の頭脳(ブレーン)であり、その甘いマスクも相まって女性からの人気は凄まじいものがある、誰もが知っている大物だったからだ。見た目だけではなく、実力も折り紙つきで、剣術の腕は超一流。Cl(塩素)の能力者であり、多種多様な毒を操ることができる。赤と黒を基調とした軍の制服の中でも特に階級の高い者に与えられる豪華な装飾のつけられた服が、圧倒的な威圧感と迫力を醸し出す。年齢は三十歳をゆうに超えているはずだが、まるでそのようには見えない。
「では、これから試験概要の説明を行う。試験は一次試験と二次試験の二つ。一次試験はこれから東の森にある洞窟に向かい、二人一組で探索を行ってもらう。洞窟内には様々なトラップやロボットのモンスターが準備されている。それぞれには決められた別のものを探してもらい、制限時間内にそのアイテムを持って洞窟から脱出した者たちが合格だ。二次試験については対人戦となるが、詳細は一次試験後に説明する。諸君らの健闘を祈る」
アレンは、これから始まる戦いに胸を躍らせ、高まる胸の鼓動を抑えられずにいた。
バスで二十分ほど山の方へ移動したところに洞窟は構えていた。巨大な岩にいくつもの穴が空いており、おそらく入り口なのであろう。受験者たちは一人ずつ指示された穴の前に誘導された。
「相方って、お前かよぉ〜」
「なんでそんな嫌そうなんですかぁ。よろしくお願いしますね、アレンさん」
可愛らしい屈託のない笑顔にアレンは少し頬を赤らめる。しかし、すぐに表情を整え、これからの試験について思考を巡らせる。
「(二人一組の探索ミッション。どう考えても、二人の協力が必要だが、それ以前にパートナーの能力に左右される。まずは、お互いの能力の確認、それから洞窟内で他の受験者との鉢合わせがありうる、か。連携の慣れないうちはできるだけ戦闘は避けたい、いや、むしろ他の受験者との協力ができれば……)」
「リア、お互いの能力を確認しておこう。俺は、O(酸素)の能力者で、炎を操る。基本的には前衛を主としているが、後衛もできないことはない」
「すごい! 酸素の能力者なんてとっても珍しいですよね!」
リアのお世辞ではなさそうな言葉に、アレンは少し得意げな表情をした。
エレメント使いはその元素によって大きく金属(メタル)と非金属(アンチメタル)の二つに分けられる。その割合はおおよそ七対三である。軍においても非金属はかなり重宝されている。
「私は、H(水素)の能力者です。あまり戦うことは得意ではないので、私が後衛ですね」
「水素、か。お前も非金属じゃないか。じゃあ水とかを使えるのか?かなり使い勝手が良さそうだけど」
「いえ、水はかなりの上級者にならないと使えないんです。水分子において酸素原子の占める割合が大きいですから。今はまだ純粋な水素しか使えないんですよ」
「ん?じゃあどうやって戦うんだ?」
「水素爆発ですっ」
などと話しているうちに、受験者たちの準備は整い、各自異なる入り口の前で準備運動などをしていた。
「準備は整ったな。では、これから一次試験を始める。制限時間は1時間だ。それでは、始めっ!」
フーベルトの澄んだ声が響き渡った。
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