第一章 入学試験編

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 洞窟内は薄暗く、視認可能なのはおおよそ十メートルほど。じめっとした空気ではあるが、ひんやりとして少し肌寒い。横幅五メートルほどの洞窟を二人は進んでいく。  二人のミッションは、直径一センチ以上の真珠を持ち帰ること。おそらく水辺での戦闘になると考えたアレンは、自分の能力との相性の悪さを自覚していた。だが、地元では負けなしの強さであった自信がアレンを支えている。 「なんだか気味の悪いところですね」  後方のリアが三メートルほど後ろから声をかける。 「確かにな。でも、ここは学校に完璧に管理されているらしいから、落盤事故とかは起きないだろう。むしろ危険なのは……おっと、早速お出ましだぞ」  アレンの目の前には、二体の犬型ロボットが待ち構えていた。大きさは中型犬程度で、カクカクした輪郭に似合わずなめらかに足を動かして、アレンの左右に分かれながら攻撃の機会をうかがっている。対象を認識しているのか、目元の黒い液晶が緑色に発光している。  アレンも腰の剣帯につけた双刀を鞘から抜くと、右手の長刀は白銀の刀身、左手の小太刀は漆黒の刀身が姿を現した。 「いくぞ」  アレンは持っている二本の刀を交差させ、長刀を小太刀に強くたたきつける。二体の敵は、若干の時差を置いてアレンに飛びかかった。その瞬間、短刀から鳴る乾いた金属音と共に発生した火花が燃え盛る業火へと変化する。突如現れた緋色の炎がアレンの暗かった服を明るく照らす。 「双炎・廻!!」  双刀は炎を纏い、素早い回転斬りと共に美しい二つの緋色の円を描き、二つの金属片を壁に叩きつけた。  アレンは双刀をブンッと左右に斬りはらうと、纏っていた炎が消え、その流れのまま鞘に収めた。 「まあ、こんなもんだな」  呆気にとられていたリアも一瞬で起こった出来事を理解し、アレンに歩み寄り、上目遣いで服の腕の部分を両手で掴んだ。 「すごい……、すごいじゃないですか!」  アレンにとっては朝飯前のことであったが、女の子にこう褒められると未だ思春期真っ盛りの者には、この上ないご褒美である。が、嬉しいという気持ちを知られるのも嫌で、照れ隠しという高等技術を披露する。 「ば、ばかっ! んなこと言ってないで早く行くぞ!」  洞窟内はかなり入り組んでいた。幾つもの分かれ道に目印をつけながら二人は進んでいく。数度の戦闘も前衛のアレンのみで難なく済ました。ここでも自分の力が十分通用することを実感し、アレンは安堵する。そしてまた分かれ道が待っていた。  その時、右の道から再び犬型ロボットで先ほどより少し大きい個体が現れる。無駄な戦闘を避けるため、左に進もうとする。が、左からはコウモリに似たロボットが七体、空中で羽ばたいていた。犬型とは異なり、緩やかなカーブで描かれたフォルムをしており、やはりこのロボットも本物と同じようななめらかな動きである。 「一旦退くぞ! まとめて相手をする!」 「ダメです!」  後方には、ヘビの形をした1メートルほどの大きさのロボットが舌を出して威嚇していた。 「(しまった、囲まれた!)」 「リア、そのヘビの相手を頼む!」 「はい!」  一気に高まった緊張感が二人に重くのしかかる。アレンは必死に頭を働かせ、最善の手を考え出していく。 「アイン・フレイム!!!」  アレンは双刀を横に振りながら叩き合わせることで巨大な炎を生み出し、その勢いのまま宙にいるコウモリに向けてその緋色の火球を飛ばす。飛ばされた炎の塊は左の通路一帯を焼き尽くし、コウモリも例外ではない。しかし、直後には犬型がアレンに飛びかかっていた。アレンは双刀を交差させ、攻撃を受け止めるだけで精一杯だった。壁際まで押し込まれ、ドスンと背中に衝撃が走る。力を振り絞り、犬型を振り払い、リアを視界の端で捉えると、まさにリアの攻撃の瞬間であった。  両手を前に伸ばし、ソプラノの声で叫ぶ。 「ハイドロ・バースト!」  短く、大きい破裂音とともに一帯を爆風が襲う。とてつもない威力に、洞窟の壁すら悲鳴を上げ、その場の全てを吹き飛ばす。そう、アレンとリア自身をも。 「おいぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっ!!!!!!!」  静まり返った洞窟内にアレンの声が響き渡る。 「なんで俺らまで吹き飛ばしてんだよっ!!!!!」 「すみません〜まだ制御しきれないんですよぉ」  壁に叩きつけられたリアは涙目で謝罪する。アレンもリアも服はボロボロになり、顔には土がこびりついている。しかし、その威力によって、爆撃をもろに浴びたヘビ型は見るも無残な姿になっていた。 「(こ、こいつ、やっぱりポンコツだ……)」  リアに説教でもしてやろうかと考えたが、思いもよらず受けた爆撃により、忘れていたことを思い出す。そうだ、まだ犬型が残っていた。犬型はアレンから標的を変え、リアの方へ一直線で走り出す。リアでは対応しきれないと判断し、アレンが反応する。 「ラピッド・フレイム!」  先ほどよりも細く、速い炎が犬型を貫かんとする。が、その鋭い炎は、リアが攻撃しようとして集めていた水素の気団を先に貫いた。  瞬間、先ほどのリプレイのように爆音と爆風のデュエットが二人に無慈悲な衝撃を与えた。 「あ〜、酷い目にあったぜ。」  アレンとリアはボロボロになりながらとぼとぼと歩いていた。アレンは服についた土を両手で払い落とす。 「本当に申し訳ありません〜」  涙目のリアは髪もボサボサになり、綺麗な白い肌も土に汚れてしまっている。 「俺たちの能力、相性悪くないか?」  二人は言葉数少なく、洞窟内を進んでいく。 「(こいつ、本当にポンコツだったんだなぁ)」  と、アレンは呆れつつも、先ほどの二度の爆撃の威力には感嘆していた。威力だけなら十分すぎる、いや瞬間火力だけなら化け物だ。  それからまた少し歩みを進めていくと、小部屋があった。床は半径五メートルほどの円形になっており、正面と左右に道が伸びている。いかにも人工物だと感じさせる構造である。 「ここで少し休めそうですね」  リアが息を大きく吐き出す。この独特の緊張感に精神的に疲れていた。そして何より、アレンの体力を心配していた。 「いや、すぐに進まなきゃいけない。道がいくつもあるということは、その分、敵が通る可能性も高いということだ。だが、ここで道を間違えるのはでかい。さて、どうするか……」  その時、左側の通路から足音が聞こえ、少しずつ大きくなってきていた。二人は息を潜めながら、足音のする方向をじっと見つめる。  現れたのは、男と女の二人組であった。その二人は、アレンとリアに気づくと、一気に警戒の色を強める。互いの牽制によって、無音の間が生まれる。アレンは警戒しつつも二人の様子をじっと観察する。  男の方は、大きな体には似合わず、空色の瞳で少し不安そうにこちらを見ている。灰色の髪に頬にはそばかすがあり、少し垂れ目のその男は、弾性力のありそうな樹脂で作られたと思われる大きな乳白色の弓を持っている。右手には金属製の矢も準備しており、今にも弓を引くことができる体制をとっている。  女の方は、朱色のロングヘアーで、大きな山吹色の瞳がこちらを強い眼力で睨みつけている。短剣を携え、リアと同じくらいの身長であまり体は大きくはないが、そのつり目から放たれる警戒心はリアを萎縮させるには充分であった。小さな体に似合わず、服がはちきれそうでかわいそうなくらいの胸を持っている。……別にこの胸がリアを威圧しているわけではない……とは思うが……。  アレンとリアほどではないが、二人とも服はやや汚れ、髪は少し乱れている。やはりいくつかの戦闘を切り抜けてきた様子だ。  開口一番、アレンが一気に警戒を解き、両手を開いて呼びかける。 「ああ、そんなに警戒しないでくれ。俺たちは君たちと争うつもりはない。むしろ協力したいと思っているんだ」  この意外な一言に、大男は警戒を少し緩め、女に耳打ちをする。女はしばらく警戒を続けていたが、やがて警戒を解き、こちらへ近づいてきた。 「それは良かったわ。私たちも協力者を探していたの」  改めて近くで見たその豊満な胸に、アレンは目をそらしつつ、極めて冷静に話を続ける。 「あなた、見るからに前衛よね、私たち二人ともサポートタイプだから困っていたの」  アレンとその気が強そうな女は互いに情報交換を始め、リアとその気が弱そうな大男が話を聞く。  女の名前はラウラ=メンデレーエフ。N(ネオン)の能力者で、光によるサポートを得意としている。かなり頭が切れそうで、無駄のないスピーディな情報交換が行われていた。  男の名前はフリードリヒ=リーバー。ラウラからはフリードと呼ばれていた。永久磁石にも使われるSm(サマリウム)の能力者で、磁力を生かしたサポートと弓による遠距離攻撃を得意としている、後衛タイプだ。  彼らのミッションは赤色の水晶を持ち帰ること。そして、その場所はわかっているという。しかし、その手前には水龍のロボットが待ち構えており、少し交戦したが歯が立たず、あえなく撤退してきたようだ。 「水龍か、その場所なら俺たちが必要な真珠があるかもしれないな」  目的の場所が幸運にも一致したことで、進む道がすぐに決まる。話し合いの結果、アレンが前衛、リアとラウラが中衛、フリードが後衛に決まり(リアは広い場所でしか攻撃しないと約束させ)、準備は整った。だいぶ打ち解けたアレンとラウラをよそに、リアは面白くなさそうにそっぽを向いていた。 「それじゃあ、ひとまず協力するってことで。よろしくな」 「……よろしく……」  フリードがアレンの差し出した手を握る。 「しかし、あんたたちボロボロじゃないの、本当に大丈夫?」 「いや、だからだな、それはこの爆裂娘が……」  そんな話をしていると、正面通路から犬型、コウモリ型、人型のロボットが続々と小部屋に入ってきた。総勢十五体ほどの集団がこちらに威嚇をする。人型はマネキンのように滑らかな曲線によるシルエットを持ち、ツルツルの顔と、目元には黒い液晶画面を持っている。 「ちょうどいいな、お互い自己紹介と行こうぜ」 「そうね、隊列は崩さないでよ」 「はわわわ。大丈夫なんですかぁ?」 「………………………………」  好戦的な二人をよそに、リアとフリードの顔は引きつり、この世の終わりを見るような顔をしていた。  先制したのは、意外にもフリードであった。右腕を伸ばし、大男らしい重低音で小さな声を発した。 「マグネット・クラフト」  その瞬間、金属製のロボットたちは強力な力に引っ張られる。犬型とコウモリ型は為す術なく中央に集められ、人型はその細い足で踏ん張り、動きを止めた。  この好機にアレンがすかさず反応する。 「バースト・フレイム!」  双刀を交差させながら縦に振り抜き、特大の劫火が全ての敵を飲み込む。コウモリ型を全て撃墜するも、炎の中から犬型が飛び出し、後ろからは人型もついてくる。一気に押し込まれそうになるも、ここはラウラが援護する。両手を胸の前に並べ、壁を作るように構える。 「フラッシュ・アクト!」  閃光がラウラの前方を襲う。一瞬ひるんだ犬型にすかさず右手の短剣を叩き込み、続いて左手を地面について回し蹴りを放つ。遠心力を存分に生かした強烈な蹴りは、犬型を壁まで吹き飛ばし戦闘不能に陥らせた。  ひるんだ犬型をアレンもすかさず双刀でなぎ払い、犬型を全滅させる。  残るは人型二体。アレンの炎も効いている様子はなく、淡々とこちらへ歩いてくる。 「奴らはしぶとそうだな」  アレンの呼びかけにラウラが答える。 「ええ、多分生半可な攻撃は効かない」 「あのロボットは、かなり人間に近い構造をしているはずだ。狙うは頭か心臓だろう」 「でも、装甲がかなり固そうよ」 「フリード、奴らの隙を作れるか?」  フリードは無言で頷く。その直後、二体の人型が地面を強く蹴った。  フリードは金属製の弓を強く引き、大きな弧を描く矢を二本放つ。しかし、人間と同じレベルの反応をする人型は、素早く前転しながら矢を回避した。ロボットとは思えない滑らかな動き。  その瞬間、フリードは拳を強く握り、小さく呟く。 「マグネット・アロー」  金属製の矢は突如にして方向を変え、人型の横っ腹を射抜き、二体同士を衝突させる。 「上出来だ」  アレンは素早く二体の懐にしゃがみこみながら飛び込み、双刀を構えながら突貫し、勢いよく突きつけられた双刀はそれぞれ二体の人型の胸部を貫く。 「体内からの攻撃はならどんなに硬くても効くだろっ!」  その瞬間、体内で発火し顔全体を煙で包まれながら膝から崩れ落ちた。  アレンは振り向きつつ、双刀を腰についた鞘に戻しながら、ドヤ顔で笑いかけた。  それから四人は洞窟内を快調に攻略していく。  前衛のアレンの高い攻撃力を主なダメージソースに、中衛のラウラが援護しながら後衛のフリードが弓で射撃していく。バランスよく連携することで隊列が崩されることもないまま進んでいく  アレンもラウラの高い運動神経と戦闘センス、フリードの冷静沈着な判断と正確無比な射撃に舌を巻いていた。  リアは、パーティの応援担当に任命された。特大の瞬間火力を持つが、広い空間以外で攻撃したら自滅することが目に見えているため、結局それから戦闘に加わることはなく、後衛のさらに後ろで後方からの奇襲を見張るだけであった。もともと好戦的ではないリアは特に文句も言わずその体制を受け入れた。 「もうすぐ水龍の住処よ」  パーティは、洞窟にあった小さな横穴で休憩をすることにした。まずはラウラとフリードが見張りをしながら、アレンとリアが強敵と戦う準備をする。アレンは剣をぶら下げるベルトに取り付けられたポーチから栄養剤を二つ取り出し、慣れた手つきで蓋を開け、一つをリアに手渡す。 「ありがとうございます……」  元気のないその声にアレンは耳を掻きながら声をかける。 「まぁ……、その、あれだ。お前の力が必要な時も来るだろう。だから今は任せておけ」  戦闘において役に立つことができていない自分が申し訳ないのか、リアに元気がない。少しうつむくリアを見て、アレンはうまく励ますことができないことをもどかしく感じていた。拳を強く握り、振り絞るようにして声を出す。 「言ったよな。俺は将来、この戦争を、地獄のような戦争を終わらせる英雄になるんだ。だから俺は世界一強くならなきゃいけない。いや、なるんだ。だから、お前一人守ることくらいわけないんだよ」   アレンは自分で言ったことを振り返り、励ましにもなっていないどころか何か告白めいたことを言っているということにハッと気づき、一気に頬を紅潮させる。 「ちっ、違うんだ、いや、違くはないんだけど。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」  リアの顔がふっと破顔する。アレンは急に向けられたその少女らしい笑顔に、さらに顔を赤く染め上げる。 「じゃあ、ずっと私を守ってくださいますか?」  その一言でアレンは洞窟内にいたことも忘れてしまう。記憶の奥底に眠るものが蘇ってくる。そう、あの時自分は故郷バイゼの広大な花畑の中央にいた。リアではないその少女も色白で大きな瞳だった。二人の目が重なり合う。目を離すことができない。  アレンは若干の静寂の後、口を開こうとするが、 「そろそろいいかしら?」  ラウラの不意打ちにアレンは横っ飛びして壁に張り付く。 「き、急に入ってくんなよ!」 「なに? なんかやらしいことでもするつもりだった?」 「んなわけないだろ!」 「ん〜なんかこの反応兄さんの部屋に入った時と似てるな〜って思ったんだけど」 「変なことはしてないですよ。ただアレンさんが私のことをまもっ……」 「はいっ! 休憩終了! 次はお前らな!」  アレンが無理やり話を終わらせ、二人は横穴から出る。再び二人きりになって、少しの間静かな時間が訪れる。 「なあ、リア、お前の攻撃手段って水素爆発しかないのか?」 「はい。でも、起爆するときについ水素が散らばってしまってうまく制御できないんです」 「起爆が苦手なのか……確かにオリジンが要りそうだもんな」  先人たちはエレメントを扱う時に使うエネルギーのことをオリジンと名付けた。使用者は、空間に自分の元素を生み出したり、その元素の状態を変えたり、他の元素と結合したりするすべての動作にオリジンを必要とする。オリジンの総量は人によって違い、修練していくことで増えていく。  アレンも炎を操るとき、着火するオリジンが要らないように剣から発生する火花に酸素を送り込むことで炎を大きくしていたため理解できた。その時、アレンはピリッという脳に電流が走るようなものを感じていた。 「(なんだ? この感じ。もう少しで全てが繋がりそうな気がするんだが……)」  そうこう話しているうちに二人の準備も整って、いよいよ水龍のいる水辺へと足を運ぶのであった。   細く、天井の低い道を少し進むと、足元には三センチくらいの水が張っていた。水は透明というよりも少し青みがかっていて、触ってみるとかなり冷たい。ポタポタと水滴の落ちる音が洞窟内に響き、薄気味悪さを感じる。  四人はそれまでの隊列を維持しつつ、探索を続けていた。途中からザーという音が断続的に聞こえ出し、だんだんと大きくなっていく。  高さ六十センチほどの穴をくぐると、大きな空間が姿を現した。つぼ形のような形をしたその空間の奥には巨大な滝が勢いよく水を流している。中心には直径三メートルほどの円形の穴が存在し、奥から流れてきている水が下まで流れていっているようである。 「あの穴に水龍が隠れているわ」  ラウラのその忠告を聞いたパーティはゆっくりと忍び足で移動していく。奥を見ると、ラウラたち二人の必要としていた赤い水晶が見える。アレンたちの必要としている真珠のようなものは見えない。  「(これで真珠がなかったらとんだ無駄足だぞ)」  アレンの心配をよそに水龍が姿を現すことはなく、パーティは穴を横目に奥までたどり着くことに成功する。ラウラは水晶を採取し、ポーチにしまう。やはりこの周りにも真珠と思しきものはない。 「幸運にも水龍はいないみたいだしこのまま帰りましょうか。真珠は他の場所を探してみましょう」 「そうだな」  そう言って、アレンとラウラが振り向いた瞬間、大きな野太い咆哮とともに穴から水龍が勢いよく飛び出してきた。鋭い目を持ち、顔の紺青色の鱗を逆立たせ、ヒゲを揺らしながら、こちらを凝視してくる。やや顔よりも薄い青色をした体は滑らかにうねっており、各パーツがロボットとは思えない精巧な造りをしている。首元には白く綺麗な球体があった。 「……あれは、真珠……」  フリードがぼそりと呟く。 「そうか、じゃああれを倒せってことだな」  学校側の思惑を悟ったアレンはニヤリと笑い、水龍を睨みつけ、膝を曲げて戦闘態勢に入る。  鋭い牙を持った水龍が大きく口を開け、再び咆哮を放ち、それを合図に決戦の火蓋が切って落とされた。 「まずは奴の行動パターンを掴む。それまではヒットアンドアウェイで行くぞ」  アレンたちは、強敵を相手に、まずは慎重な戦い方を選択する。アレンはこの洞窟内にはロボットの敵しかいなく、プログラムによる攻撃であるため、パターンを掴むことが重要だと判断した。   アレンは中距離の間合いから、炎を飛ばし、水龍の注意を引く。水龍はアレンを目がけて何度も水のブレス攻撃を試みるが、アレンの機敏な身のこなしに回避される。その隙にラウラは鉄をも断ち切る特別製の短剣で側面から攻撃をするも刃が通らない。フリードも弓で応戦するもやはり効かない。 「そんな水鉄砲なんか当たるかよ!」  アレンは双剣を振りかぶり、渾身の一撃を放つ。 「アイン・バースト・フレイム!!!」  双剣から飛ばされた業火は水龍に近づくにつれてたちまち大きくなっていき、水龍の体全てを覆い尽くす。炎は奥の壁まで到達し、壁に生えた苔など植物を燃やした。水龍にも当然炎は燃え移り、鱗やヒゲを紅く染め上げる。しかし、水龍は一度穴に潜ることで、炎を鎮火してしまった。火を水で鎮火するあたりにかなり高度なプログラムがされていることが伺える。 「(やはり、相性が悪い……)」  懸念していた相性の悪さを露呈し、アレンの顔が曇る。  水龍もブレス攻撃を諦め、体を使った物理攻撃に切り替える。四人は間一髪躱すも、陣形が崩れてしまう。 「まとまっていると危険だ! ここは二つに別れるぞ!」  続く体当たりをかわしながら、アレンとリアが正面に、ラウラとフリードが水龍の後方に構える。 「(さて、どうしたもんかな……)」  アレンが逡巡していると、ラウラが声を上げる。 「もう一度注意を引いて! 今度こそ……、斬るわ」  そう言うと、ラウラは短剣を両手で包み、グッと力を込めながら集中する。すると、短剣は赤橙色に発色し出す。 「エキシマ・ライト!」  アレンたちも何が何やらわからないが、水龍への攻撃を続ける。水龍がラウラの方を向き、突撃しようとした瞬間、フリードの磁力で曲げられた矢が水龍の目にピンポイントにヒットし、水龍は悶え苦しむ。  そしてラウラも動き出す。赤橙色に発光する短剣を構え、素早い動きで水龍の顔の下まで移動したラウラはそのスピードのまま斬撃を目にも留まらぬ速さで5回叩き込んだ。すると、先ほどまで全くはの通らなかった皮膚が綺麗な切り口を残し、斬り刻まれた。中の導線がかなりの本数斬られているのが目に入る。  攻撃を終えたラウラは、息を切らしながらもアレンの横へ復帰する。 「一体何をしたんだ?」 「ネオンはレーシック手術などに使われるエキシマレーザーを構成する元素よ。エキシマレーザーは、分子レベルで物質を切断し得ることが可能できるの。だいぶオリジンと体力を使うんだけどね」  水龍は我慢ならず体を大きくうねり、暴れ出す。 「もう少しだ、俺があそこから体内に炎を流し込む」  暴れる水龍はアレンの方へ顔から突貫する。アレンは回避し、カウンターを叩き込もうとするも、勢い余った水龍は滝のある壁に突っ込んだ。すると滝は大きく崩れ、奥から一気に水が溢れ出す。 「(まずいっ!!)」  四人は濁流に飲み込まれる。水はたちまち体よりも高い位置まで増え、体が水に浮き、顔も水中に沈む。アレンはエレメントにより酸素の気団を顔の周り配置し、急造の酸素ボンベを生み出した。しかし、他のメンバーを見ると皆勢いに飲まれ、ただ流されるばかりである。リアが目の前を苦しそうに目を閉じながら横切って行く。先ほどの会話が脳裏に浮かぶ。 『ずっと私を守ってくださいますか?』  今日の朝出会ったばかりの相手だ。だが、なぜだか守らなければならないという感情が巻き上がる。 「(守らないと、必ず!)」  アレンは目一杯手を伸ばし、リアの腕を掴んだ。  その刹那、アレンは不思議な感覚に陥る。それは初めてエレメントを使うことができた時と同じものであった。理由はわからないが、現象をイメージし、こうやって力を込めれば、発動するのだという直感。その感覚を頼りにアレンは力を込める。 「(ウォォォォォッッッッッ!!!)」  濁流はいつの間にか収まっていた。それも重力に反した状態で。アレン以外は気絶しているが、四人全員が水の上にいた。アレンは膝をつきながらリアを抱きかかえた状態で、水の結界のような球に囲われている。依然水は滝から穴に流れ込んでいるが、アレン達のいるところだけは、安定している。  「(これは俺がやったんだよな?)」  このあり得ないような現実を、直感だけを頼りに解釈する。 「(リアのエレメントだけでは扱うことができなかったH2Oを俺のエレメントが補完したってことか?)」  そんなことを考えている間に水龍は再び暴れ出した。水を撒き散らしながら迫ってくる。アレンは感覚を頼りに水による柱をあごの下から突き上げる。水龍は高く跳ね飛ばされ、天井に頭を打ちつける。その間に、気絶していたリアが目を覚ました。 「こ、これはどうなっているんですか?」  驚きを隠せないと言うよりも未だ夢の中にいるような感覚のリアにアレンは答える。 「それは後で説明する。とりあえず奴の周りに水素を凝縮してくれ。特大のだ」  それを聞いたリアは何もわからないまま力を込める。一番謎なことはずっとアレンに抱きかかえられていることであったが……。 「できました!」 「よし!」  その声と同時にアレンは手のひらに炎を生み出す。アレンの額にシワがよる。 「(オリジンを使いすぎているな。でも、これで終わりだ!)」 「ラピッド・フレイム!!!」  緋色の炎が一直線に水龍に向かう。  まさに一閃。  水龍に当たろうかと言うところで、視界は爆発に包まれた。  未だに膝下くらいまで水に満たされている小部屋に水龍は動きを止めて横たわっている。アレンは首元にあった真珠を引っぺがし、ポーチにしまった。  後方ではラウラとフリードも目を覚ましているが、何が起きたのかは理解していない様子で、辺りを見回している。  アレン自身も先ほどの戦闘を振り返っていた。特に最後に見舞われた不思議な感覚を。確かなことはまだ何もわからないが、それでもアレンは一つの答えにたどり着いていた。 「俺とリアは、最高のパートナーになれる」  その小さく呟いた声がリアに届くことはなかったが、アレンの瞳はリアをまっすぐと見据え、 「さあ、帰ろう。一次試験、突破だ」  ボロボロになりびしょびしょに濡れ、体には疲労感に満ちていたが、彼らの心は晴れ渡っていた。  出口間近になり、ラウラとフリードとは別れた。二人きりになり、先に話しかけたのはリアの方だった。 「先ほどは、いえ、今日ずっと助けていただいてありがとうございました」  アレンは少しだけ考えた後で答える。 「俺はもう決めたんだ。君を守るって」  そんな告白とも取れるような発言が、どれだけ恥ずかしいことを言っているのか、自分でも気が付かない。それほどにリアという存在に運命めいた感情を抱いていた。それは過去の少女と重ね合わせていただけなのかアレンにもわからない。  リアの頬が少し赤らみ、二人はふっと下を見つめた。 「(リアとならどこまででも強くなれる気がする)」  本気でそう思う。  何があっても彼女を守る。  洞窟の出口が見え、久方ぶりの太陽光が二人の生還を祝福する。 「おめでとう、一次試験合格だ」
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