第二章 日常編

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第二章 日常編

 風は少し冷たいが日差しは暖かく、青空は澄んでいる。たった一ヶ月ぶりのこの校舎にも、何か懐かしさを感じていた。初めての制服に少し歩きづらさを感じながらも、速い足取りで正門を入って正面の本館に入っていく。タブレットで学校から送られてきた案内を見ながら、指定の教室を目指すが、その途中で後ろからとても小さな声をかけられた。 「あ、あのぅ……。アレンさんですよね……」  振り向くとそこには小さな少女がいた。背丈は百五十センチほどで黒髪のショートボブ。前髪が少し目にかかっていてよく見えないが、目はぱっちりとしている。紺色のブレザータイプの制服を着ていて、手を後ろに組んでモジモジとしている。 「ええ、そうですけど。何か用ですか?」  アレンはその子が記憶になかったため、丁寧に返事をした。というのもアレンが戦った第二試合の後、アレンはかなりのオリジンを使った疲労からまともにその後の試合を見ることができなかった。そのため他の受験者の記憶がほとんどと言って良いほど無い。 「あのっ! に、入学試験の時っ! とてもかっこよくて……、か、感動しました!」  そう言うと、深くお辞儀をして足早に去っていってしまった。 「お、おい! せめて名前を!」  しかしその少女は気づかず、行ってしまった。 「(まあ、入学試験にいたってことは一年生だし、また会えるか……。しかし同い年には見えなかったな……)」  アレンが入学したのは、特進科である。普通科の入学試験は別日に行われ、総勢約二百人が合格した。第一高校特進科の教育方針としては少数精鋭。各学年一クラスしかなく、その人数も二十人。その分質の高い教育が施され、軍の幹部となる人材が育成されてきた。軍の幹部はほとんどが第一高校特進科出身であることから、互いによく知っていることもあり、各部門の連携も捗るというメリットがある。  アレンはそのまま歩みを再開し、三階の教室までたどり着いた。入り口のドアの上には『3ーA』と書かれた表札があり、中からは話し声が漏れている。アレンがスライド式のドアを開けると、話し声はピタリと止み、全員の視線がアレンに集まる。集合五分前であるが、どうやら最後に教室に着いてしまったらしい。数秒の沈黙の後、それぞれで話が再開される。 「おーい」  声が聞こえた教室の中央の奥に目をやると、ラウラが手を振っていた。二人用の机に一人がけの椅子が並んでおり、隣にはフリードが座って、こちらをじっと見ている。ラウラの前にはリアが座っており、座ったまま軽く会釈をした。リアの隣が空いていたため、そこへ向かう。 「久しぶりだな。みんな合格して何よりだ」 「あったりまえでしょ!」 「はい! 本当に合格して良かったです」 「……うん、これからよろしく……」  席に着き、一ヶ月ぶりの再会に言葉を交わすと、アレンはリアの通路側の右隣を見る。そこには白銀に輝いていた以前と異なり、紺色の制服を着た宿敵が足を組んで座っていた。アレンはライバル心を隠すことなく、レンを睨みつけるが、レンは歯牙にも掛けない様子で一度合った視線を逸らした。  その時、パシャリというシャッター音が聞こえる。音のした方を振り向くと、ラウラが小型のカメラを構えていた。 「な、何撮ってるんだよ」 「今日は記念すべき入学初日でしょう? 初々しい時に写真取らないでどうすんのよ」 「ラウラさんはカメラが趣味なんですか?」 「ラウラでいいわよ。ええ、パパがカメラマンでね。小さい頃からずっと持っているのよ」 「かっこいいな、それ。一眼レフっていうやつ?」 「これはミラーレス、ね」  ふーんと相槌を打つと、次にアレンは教室全体を見渡す。すると自分のすぐ左後ろに先ほどの黒髪ショートの小柄な少女がいた。手元の本に目を落としているが、すでに顔は真っ赤になっており、目線は全く動いていない。 「なあ、逃げることはないだろ」 「ひゃ、ひゃいっ! ご、ごめんなさいっ!」 「いや、別に責めてるんじゃないんだが……。ごめん、君のことあんまり覚えてなくて……。名前なんていうの?」  人見知りのその子は、モジモジとしたままただ顔を紅潮させて下を向くばかりである。その様子は小動物のようだ。 「ちょっとアレン、ナンパならもうちょっと上手くやりなさいよね」  ラウラに突っ込まれて振り返ると、リアが怖い目でじっとこちらを見つめている。 「入学初日にナンパですか?」 「ち、違うんだよ! さっきちょっと声をかけられただけで!」  なんで修羅場のように必死に弁明しているんだ、と自分で不思議に思いながらも、リアのいつもと違う低い声に動揺する。 「その子はモニカ=ワーグナー。P(リン)の能力者よ。あんた二次試験ちゃんと見てないの? すごかったじゃない、あの毒攻撃。大人しそうな見た目だけど、やることえげつないよねぇ」  ラウラによると、モニカは有機リンによる神経毒によって相手を麻痺させ勝利したという。 「そ、そんなっ。わ、私は、本当は戦いたくなくて……」  ようやく口を開いたモニカは、おどおどとした口調でそう答えた。  そんな雑談をしていると、ガラッという音とともに、このクラスの担任、フーベルト強い眼力で教室に入ってきた。  王ゼルギウスの頭脳、フーベルトが第一声を発する。 「新入生諸君、入学おめでとう」  生徒たちは誰もが知る大物の賛辞に畏る。入学試験の時にもいたため、もしかしたら、という考えを持っていた生徒が多かったが、改めて実力者であるフーベルトの指導を受けられると知った生徒たちは互いに左右の仲間たちと目を合わせると、微笑が溢れる。一通りの説明を終えたのち、フーベルトは生徒たちに一つの問いを投げかけた。 「エレメントとは何か?」  生徒たちは近くの仲間と目を見合わせる。百年前に発現したこの能力は科学技術を一気に進歩させた。医療では不治の病を治し、工業ではより効率的な製造が可能になった。  特に世界の情勢を変化させたことは核に関するものである。かつて核保有によって保たれていた均衡は、一人のU(ウラン)能力者によるエレメントの研究により核分裂の停止をできるようになったことで崩れ去った。核という抑止力を失った世界は、より混沌とし、エレメントによる武力という新たな力が支配している。  ある者はエレメントを魔法の力だと言う。ある者は悪魔の力だと言う。  始めは世界を救うものだと考えられていた。しかし、ある男が一人で一国を滅ぼした事件が起きてから、人々はエレメントを兵器として考え出してしまった。 「何か考えを持っている者はいるか?」  誰も発言しない様子を見て、アレンが挙手する。 「エレメントは僕たちの生活を向上させるものです。少なくとも戦争するための道具じゃない」  その発言を聞いて、金髪の男が反応する。 「でも、だからと言って放棄するわけにはいかないだろう。今やエレメントは戦争の中核を担っている」  その発言はもっともであった。現代の戦争は長期化し、爆弾などで戦う国はやがて物資などの不足により国力を疲弊していく。この時代において戦争にエレメント能力者を使わない国は一つもない。 「まあ、そんなところで良いだろう。この問いに答えがあるわけではない。ただ、知っておいて欲しいのは、今君たちが話したように、エレメントはとても大きな力であると言うことだ。君たちは第一高校特進科という将来の国を担うべき存在だ。君たちにはエレメントをどのように利用していくべきなのか、常に考えながらここで学んでいって欲しいと思っている」  フーベルトは何かを考えるように一拍おいてから言った。 「それではこれでホームルームを終了する」
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