第二章 日常編

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 それからの学校での教育は、アレンにとって目から鱗が落ちるものばかりだった。  アレンの故郷『バイゼ』でもエレメントに関する教育を受けていたが、田舎の学校ということもあり、最先端のエレメント理論とはまるで異なっていた。  まず、第一にキラルス首都の中学では内容がかなり進んでおり、当然高校ではその続きからであった。三学期制の第一高校では、七月と十二月と三月に試験があり、今は四月中旬。アレンが授業の内容がわからないというので、昼休みを使い食堂でみんなで勉強をしている最中である。みんなというのは、アレン、リア、ラウラ、フリード、レン、モニカの六人である。普段からこの六人は行動を一緒にすることが多かった。  成績優秀なレンがアレンにマンツーマンで指導している。 「だから、何でそこに電子が入るんだ! パウリの排他原理くらい常識だろう! 違う! スピンは逆だ!」   いつも冷静なレンが声を荒らげる。 「いや、逆に何でお前ら知ってんの!?」 「常識ね」 「アレンさん、常識です」 「じょ、常識かな~なんて……」 「(コクリ)」  キラルスでは原子、分子などについて深く追求する理論体系である量子力学は中学校から勉強するのが当たり前であった。それはエレメントを学ぶ上での基礎とも言える分野であるからだ。そして量子力学において必要である偏微分などの数学の知識も必然的に身につけている。 「だから、ここで偏微分によってハミルトニアンを導出するんだ」 「へ、ヘンビブン!? ハミルトニャーン!?」 「よくそれで今までエレメント使って来られたわね……」 「いや、だってエレメントって感覚的なものだろ?」 「それは違いますよ、アレンさん。原子や分子の構造、切断と結合など、微小なところまでイメージすることでエネルギー効率が良くなったり、より火力が出たりするのです」 「と、特に複雑な分子を扱う時には重要になってきます」 「これは苦労するな」  三年分近く勉強の遅れたアレンに向けてレンは哀れみの眼差しを向ける。 「アレンさん! 一緒に進級できるように頑張りましょう!」 「えっ! もう留年の心配されてる!? そんなにヤバい!?」  リアの悪気のない純粋な一言がアレンの心を抉った。  次に、エレメントを生かす武器。第一高校は依頼すると一流の武器をオーダーメイドで製作してくれる。  それは防具に関しても同様で、それぞれの能力にあった防具を入学前に学校側と話し合い、既に製作してもらっていた。アレンは対火性に優れたもので、レンは銀の繊維が編み込まれているといった感じだ。  見た目は男子は一高のメインカラーであるえんじ色を基調にした長袖長ズボンのジャージタイプ。女子は上は男子よりも体にフィットした長袖に下は黒のスパッツにハーフパンツだ。どの防具も伸縮性に長けており、動きやすさはもちろん高い防御力を誇る。  それに対して、武器は安全性を確保するため、攻撃力は高くない。また、入学後に適性を把握してから各自で申請するという形だ。そのため、もともと武器を持っていなかったリアとモニカがどのような武器を持つか話し合っている。その輪にいつものメンバーが加わり、意見交換が始まった。 「二人とも近接戦闘が優れているとは言えないから、遠距離武器にしたらどうかな?」  真剣な表情でレンが意見を出す。 「その上で、モニカに関してはリンの能力による毒攻撃を生かすためには……そうだな、ハンドボウなんかどうかな? 力がなくても扱うことができるし、矢に毒を付与することができる」  レンの的確なアドバイスに全員が感嘆する。そのあとに、アレンがボソッと呟く。 「リアの場合は遠距離武器もうまく使えなさそうだよなぁ」 「あっ! ひどいです!」  リアがぷぅと頬を膨らませ、隣のアレンの肩をポカポカと両手の拳で交互に叩く。アレンがニヤニヤとした笑顔でリアを見つめる。 「水素の起爆が簡単にできればいいんじゃないか? そんなことより攻撃範囲の限定を練習してもらわないと。ああも毎度前衛ごと爆撃されちゃあたまらん」  入学後も時折リアの攻撃には失敗が見られていた。そして大体の被害者はアレンである。そのことでからかうとリアが毎回とても恥ずかしがるので、爆撃のお返しとばかりにアレンはいつも面白がっている。  そんな感じで行われた和気藹々とした話し合いの結果、アレンの言ったように発火だけを考えたハンドガンに決定した。BB弾ほどの大きさの弾が高速で発射され、空気摩擦によって発火するという仕組みだ。 「ねえ、アレン。発火といえば、あんた何で毎回剣から出す火花で着火してるの?」 「わ、私もそれ気になってました! 何で普通の剣を使っているんですか?」  ラウラとモニカがアレンを見つめる。 「ええと、何を言っているのか分からないだけど……」 「だって小さな炎を出す剣くらい簡単に作れそうですよね?」 「そうそう、ボタンとかでね」  そんな二人の助言を受け、アレンの双刀は新しく作るのではなく、カスタマイズされた。柄についたボタンを押すと、鍔からライターほどの小さな炎が出るように。  一週間ほど経ったある日、アレンの武器が届いた。  これが使い易い! 「何だこれは! ボタンを押すだけで剣を擦る動作が要らないじゃないか!」 「逆に何で今まで気づかないのよ……」  ラウラは呆れている。 「でも、何だかすごくチャッ◯マンみたいですよね!」  リアの純粋な感想に、周りは爆笑し、アレンの顔は青ざめる。 「俺の愛刀がチャッ◯マン……だと……」  しかし、リアに悪気はなく、怒る気にはなれない。  レンは腹と口を抱えて笑いをこらえるのに必死であるが遂には吹き出す。  あの表情がないフリードでさえ、そっぽを向いて肩を震わせている。  それからアレンの白銀の長刀はチャッ◯マン一号、漆黒の小太刀はチャッ◯マン二号と呼ばれ続けることになる。本当は白炎と黒炎という名前があったのだが……。  第一高校の授業は多岐に渡る。  数学や量子力学、護身術などをはじめとする必修授業と、剣術や薬学、兵法などそれぞれの個性にあった選択授業に分けられる。また、もちろんエレメントについての授業もある。元素生成やエレメント制御などは必修科目、元素解析学やエレメント歴史学などは選択科目だ。選択授業に関しては他学年を合同になることもある。  アレン、レン、ラウラは剣術Iの授業を取っていた。体育館での授業であり、五分の休憩中であった。講師が王の頭脳フーベルトということもあり、人気授業だ。この授業は一年生のみが受けている。  「なんかこの授業って堅苦しくねえ?」  アレンがフーベルトに聞こえるか聞こえないかの声でレンとラウラに話しかける。 「ばか! 声が大きいわよ!」 「ラウラ、君の方が大きい。大体アレン、君は自己流すぎるんだ。剣に無駄が多すぎる」  レンがアレンをたしなめる。 「でも、この型ってやつは意味があるのか? 俺には自由さが無くなって、かえって弱くなる気がするんだが」 「君は何もわかっていないな。各部位に最短で打ち込むことが出来るから型っていうものが存在するんだ。当然これだけでは強くなれないが、今の君にはぴったりだぞ」 「へぇ、そんなもんか~」  アレンは素直に感心する。アレンはどうすれば最も効率的かを常に考えるため、波風立てることを好まない。相手のいうことが正しいと判断すれば素直に受け入れるし、間違っていると思ってもここで言い争っても何も得しないと判断した場合、引き下がる。  ただ、この型というものは一朝一夕で身につくようなものではない。周りは慣れた動きでこなすものの、今までこのような指導を受けて来なかったアレンはかなり手こずった。雰囲気で真似してみると本人にとってはできているように感じるが、あらゆるところで注意される。レンとラウラが付きっきりで練習していた。  すると、一人の男が三人の元に近づいてきた。 「型もできない田舎者がいるとはな」  明らかに喧嘩を売ってきたその男はアレンも見覚えのある一年だった。  金色の短髪を立たせ、筋肉隆々としたその姿からは、言葉同様に高圧的な印象を受ける。細い目と眉がアレンたちを鋭く睨み、顎を少し上げ、アレンとレンよりも高い位置から見下ろす形だ。ふんっと鼻で息を吹き、レンの方を見る。  マルク=プランケット。Au(金)の能力者である。学校指定のえんじ色のジャージに金の剣を持っている。背筋をピンと伸ばし、出で立ちはいかにも上流階級といった感じで、プライドが高そうなやつ、とアレンは内心で呟く。 「君も大変だな、レン=ブレッヘルト。しかし、他人のことばかり気にするのもどうかと思うぞ。主席をとって当たり前とでも思っているのかもしれないが……」  どうやらこのマルクという男はレンに対してライバル心を燃やしているらしい。 「それなら心配無用だ。今のところ僕と良い勝負になるのはいないから。まだ期待できそうな彼に何とか頑張って僕に追いついて欲しいと思っているんだよ」  アレンはやや左頬を引きつらせる。マルクはさらに鋭い目つきでレンを睨みつけ、血管を浮き上がらせる。 「それは僕が彼に劣っているということかな?」 「いや、そんなことではないよ。まあ、今のところ同じくらいじゃないか?」 「ふざけるな!」  怒号が体育館に響き、生徒全員がビクッとして振り向く。不穏な空気が流れる。 「そこまで言うのなら、アレン、僕と決闘してもらおうか。そして勝ったら次はレン、貴様が相手だ。」 「なにか面白そうな話をしているじゃないか?」  フーベルトが歩み寄る。アレンは止めてくれよ、と思いながらも、周りもヒソヒソと話し出し、注目している。 「君たちの実力を把握するという意味合いもあるし、決闘の良いデモンストレーションにもなりそうだ」  この第一高校では、何か揉めた時に決闘という手段をよく取る。昔からの伝統だそうだ。アレンは伝統といったものが大嫌いだった。まるで合理的でないものばかりだからだ。 「では、全員中央に集まりなさい」  フーベルトが声をかけると、生徒たちは面白がりながらゾロゾロと集まる。 「アレン、頑張れ」 「負けるんじゃないわよ」  レンとラウラも付いていく。プルプルと震えていたアレンがついに我慢の限界を迎える。 「ちょっと待てぇ! お前勝手に何してくれてんだぁ!!!」  早速波風が立ってしまった。 「今回の決闘は一応授業の一環ということで、剣術のみで戦ってもらう。決闘中のエレメント使用は禁止とする。一本先に取った方の勝ちだ」  四角い白の線を囲むように他の生徒たちは立ったり座ったりし、そのセンターライン付近でラウラとレンがフーベルトの隣に立っている。  アレンは指定の位置に立つと双刀を鞘から引き抜き、白銀と漆黒の刀身が姿を見せる。対するマルクはどうやら左利きのようで、剣を左手に持っている。 「ゴールド・ジェネレーション。スタイルチェンジ」  するとマルクの前の空間が発光するとともに金の塊が現れ、それが盾の形に変化した。アレンはこんな簡単に金を生み出せるんじゃあ金の価格がエレメントが発現する前の百分の一の価格になるわけだと納得する。  マルクは盾を右手に持ち、二人ともジャージの上にヘッドギアや胸当て、レッグガードなど指定の防具を装着し、真剣な顔つきで開始の掛け声を待つ。 「決闘、開始!」  突撃したのはアレンだった。一気に間合いを詰め、マルクから見て左側、剣を持っている方のわずかに違う角度から同時に二つの斬撃を繰り出す。マルクは体をひねり、盾と剣で一撃ずつ受ける。 「(隙がでかい!)」  マルクは左下方からカウンターを放つ。左利きとの対戦が初めてだったアレンは、珍しい軌道の攻撃に反応が少し遅れる。マルクは勝利を確信する。 「(取った!)」  しかし、アレンは攻撃の勢いのまま、その場で回転し、そのまま水平の回転斬りを放った。白と黒のコントラストが綺麗な円を描く。  アレンとマルクの剣の三つの軌道はわずかにかすめ、アレンの斬撃はマルクの脇腹に、マルクの斬撃はアレンの腹部にほぼ同時に直撃し、二人は吹っ飛んだ。 「ふむ、マルクの攻撃の方が早くヒットしたな。この勝負はマルクの勝ちとする」  わずか十秒足らずの呆気ない幕切れに、周りの生徒たちは物足りなそうな表情である。  二人は立ち上がるも、マルクは少しふらついていた。アレンの予想不可能な動きに受身が少し遅れたのだ。  レンがマルクの方に歩み寄り、尋ねる。 「どうする? 僕ともやるかい?」 「いや、今日はもういい」  というと終業のチャイムが体育館に響き渡った。マルクは防具を外し、そのまま体育館を立ち去った。今度はアレンの方に近づく。 「剣に無駄がなければ君の方が先に決まっていたよ」  アレンは黙ったまま防具を外す。キラルスに来てから、負け続きの自分に悔しさをにじませる。だが、それと同時に、今まで経験してこなかったレベルの高さを誇るここでの修練は、どれだけ自分を強くするのか、という期待も感じていた。  このままではいけない。だが、高校生活は三年あるのだ。 「これから……、これからだ」  アレンは誰にも聞こえない声で自分に言い聞かせた。 「アレンさん。マルクさんと喧嘩したって本当ですか?」  隣の席に座るリアがぐっと体を机に乗り出して、そっぽを向くアレンの顔を強引に覗き込む。 「いやぁ、喧嘩じゃないよ、決闘」 「もっと物騒ではないですかぁ。大丈夫だったんですか?」  リアは悲壮な表情で依然アレンを見つめる。 「まあ大丈夫だったといえば大丈夫だったな」 「ええ、大丈夫じゃなかったといえば大丈夫じゃないわね」  口を挟んだのはレンとラウラ。  今はエレメント基礎学の授業中。全員必修の授業のため、いつものメンバーが集結している。 「もう……、やっぱり大丈夫じゃなかったんですね」 「そんなにアレンが心配?」  ラウラが意地悪そうにリアを後ろから突っつく。リアは頬を紅潮させ、今度はリアがそっぽを向いてしまった。  大体レンが余計なことを言わなければ何も起こらなかっただろうとレンの方を睨みつけるが、レンは頭の上に?マークを浮かべている。  教室の後方にたむろしているそんなアレン達を他所に、授業は進んでいく。 「えー、そんな風に、エレメントは使用者の心理状態を反映するのじゃ。怒りは時にエレメントの力を上昇させる。じゃが、繊細な力のコントロールが必要な時には失敗する。常に安定した力を出すためには、心を安定させなければいけないのだから、簡単ではないのぉ」  年老いた白髪で立派な髭をたくわえた講師は、アレン達の私語に気づいているのかわからないが、淡々と話を続ける。 「では、ここで質問。エレメントを使用する上で最も効果を高めるものはなんじゃ? そこのグーループ、誰か答えい」  その講師が杖でさしたのは、アレン達であった。やはり私語に気づいていたようだ。 「想像力、ですかね?」  レンが答えると、講師は自分のヒゲを撫でながら、 「その通りじゃ。想像力、すなわちイマジネーションじゃな。どんな効果を及ぼすのか鮮明にイメージできているほど、エレメントの完成度は高まる。技の名前を口に出すことも、手っ取り早くイマジネーションの補完になることは皆は知っているかの」 「技を何度も繰り返し発動すると、より鮮明なイメージができるようになるから、より高い効果を発揮する。我々が練度と呼ぶものは日々の鍛錬によって積み上げられるものなのじゃ」  そのタイミングで終業のチャイムが鳴った。講師はヨボヨボとした足取りで前のドアから出て行き、生徒達もぞろぞろと後ろのドアから出ていく。  生徒の大半が出て行った後で、教室の前の方から声が聞こえてくる。目の前ではオリジンが発光している。 「うおぉぉぉ! 頑張れ、俺のイマジネーション!」  翡翠色の髪の男が作っていたのは、裸の女性の銅像だった。 「あいつ、バカだな」 「バカだ」 「バカね」 「バカです」 「バカだね……」  その男は隣の桜色の髪の女子に思いっきり蹴飛ばされた。
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