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朝食を終わらせて奇子を見送ると、海野は1時間ほど仮眠をしてから買い出しへ行く。
帰ってパウンドケーキやスコーンなどの数種類の焼き菓子を作り、パスタを茹で置きしてから、はぐるまはようやく開店する。
この日はあまり忙しくもなく、平和にゆったりと時間が進む。午後3時過ぎになると、客は2人組のマダムだけになる。そんな彼女達も注文したケーキが食べ終わり、話のネタも尽きかけている。
「マスター、お会計をお願いします。別会計でいいですか?」
「はいよ」
海野はふたりのマダムの会計を別々に済ませると、食器を片付けた。
カウンター席に座って一服しようとしたところで、ベルが来客を知らせた。
「いらっしゃいませ」
海野は立ち上がり、客を見る。立派な白ひげをはやした、体格のいい老人だ。らんらんと輝く目には、見覚えがある。
「ん? お前、もしかしてケン坊か」
懐かしい呼ばれ方に、海野の思考は一瞬止まる。
「……阿良良木さん?」
以前のように“葉さん”と呼びかけ、苗字呼びに切り替える。
「なんだよ、他人行儀だな。昔みたいに呼んでくれや。あ、敬語も使うなよ?」
「葉さん……」
海野がそう呼べば、葉蔵は満足げに笑った。
「好きな席にどうぞ」
海野はそう言うと、ドアに看板をOPENからCLOSEに変えた。
「いいのか、閉めちまって」
「せっかく来てくれたんだ。邪魔が入らない方がいいだろう」
厨房側に回ると、葉蔵の前に立つ。
「ご注文は?」
「ニコラシカでも飲もうぜ」
(やっぱりか……)
海野が苦虫を噛み潰したような顔をすると、葉蔵は豪快に笑った。
「そんな顔すんなよ。大人試験、受けるだろ?」
「俺はもう大人だ」
「そうやって逃げるのか?」
葉蔵は挑発的な笑みを浮かべる。
「ぐっ……」
反射神経とは怖いもので、安っぽい挑発だとは分かっていても、海野は軽くあしらえない。
「やってやるよ……」
「そうこなくっちゃな」
葉蔵はニヤリと笑う。
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