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カタン、と音がして窓が開く。人の動く気配。
「また勝手にわたくしの庭にあがりこんで。少しは礼儀をわきまえなさい」
放心しているわたしたちに窓の内側から声がかかる。叱責するような強い言葉。それなのにその声は、夏の日にこんこんと湧く冷たい水みたいに、耳に気持ちがいい。
「マダム、こんにちは。勝手に入り込んでごめんなさい! でも、」
「でももヘチマもありません。きちんとわたくしにあいさつをしてから入ってきなさい」
マダムが部屋の暗がりから姿を現わす。銀髪を後ろでひとつにまとめたマダムの表情は、言葉の強さと裏腹に少し笑みをたたえている。ゆったりとした着心地のよさそうなワンピースは、きっとオーダーメイドだろう。
「はい……。ごめんなさい」
わたしたちは、しゅんとしてうなだれる。マダムから笑うような息が漏れ、言葉をかけられる。
「それで、いい写真は撮れたのかしら?」
声のトーンが一段明るい。わたしは顔をあげ答える。
「ばっちり! ……だと思う。ちゃんと現像しないとなんとも言えないんだけれど」
「あら、あなた、フィルムカメラで撮影しているの?」
身を乗り出して聞くマダムに、わたしはなんて説明しよう、と考える。デジタルカメラで撮影しているんだけれど、RAWというファイル形式で撮影しているわたしは、デジタル処理の現像という作業をしないと思い通りの画にならない。それをうまく説明できるかな。
わたしは答える。
「いえ、デジタルなんですけれど、なんて言えばいいのかな。今、撮った状態だと、ほとんど構図を撮影したに過ぎないので、これからパソコンで色付けをしてあげないといけないんです」
「デジタルなのに、面倒なことだこと」
苦手なものを口に含んだようなマダムの表情。でも、これはとても大事なことなんだ。
「それがいいんです!」
張り切って答えるわたし。
「まあ、ともかく少しあがっていきなさい。そんな泥まみれであなた方を帰したら、わたくしの評判に傷がつきます」
マダムにそう言われてわたしたちは自分の足元を見た。ローファーは泥まみれ、白いソックスもほとんどグレーになっている。雨上がりの庭は、わたしと文月の足跡でぐちゃぐちゃになっている。
「やっばい」
マダムはわたしたちの慌てぶりを気にもとめず、お屋敷の奥に入っていく。わたしたちは、どうしようかと顔を見合わせる。すると奥の方からマダムの声がかかる。
「玄関で靴下も脱ぎなさい。用意してあるスリッパを履いてあがってらっしゃい」
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