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わたしたちは、言われるがまま、おずおずとお屋敷のエントランスにまわる。
「おじゃましまーす」
大きな玄関の扉は音を立てずに開いた。中に踏み込むといきなり大きなシャンデリアが目に入る。いつも玄関先でマダムを待つわたしたちが、このお屋敷の中に入るのははじめてのことだった。
「やば。このツボとか高そう」
「文月、きっとこのラグとかスリッパもいいものに違いないよ」
マダムの物腰から予想していたこととはいえ、外から眺めることしかしていないわたしたちは、お屋敷の中に別世界が広がっていることに圧倒される。この空間にはわたしの暮らしとはかけ離れた時間が流れている。
わたしたちは、サンルーフのある部屋に通される。いつも庭から見えている部屋だ。
そこにはすでにお茶の用意がされている。紅茶のいい香り。そういえば、蝶を撮るのに夢中だったから気に留めないでいたけれど、お庭も花の匂いでむせかえるようだった。
「さあ、おかけになって。紅茶とスコーンを用意しましたよ。ジャムとクリームをつけて召し上がれ」
こんな時間におやつを食べたら夜ご飯食べられなくなっちゃう、なんて思ったけれど、スコーンがあまりにも美味しそうだったので、
「いただきます!」
わたしたちは遠慮しないでいただくことにした。筒型のどっしりとした熱々のスコーンはお腹のところで割れている。そこから半分にして、まずは何もつけずに頬張る。
「お、おいしい……!」
しっとりした生地は口に含むと甘く広がる。ふんだんなバター、本場のスコーンというものを知らないけれど、間違いなくこういう食べごたえがあると思う!
今度はジャムを乗せる。あんずのジャムかな? とろっとしていて、スコーンに吸い付く。それをひとかじり。
「! うま!」
ほどよい酸味がとっても上品! 文月もたまらず、わあ、と声をあげる。
「ジャムだけじゃなく、クリームも。クロテッドクリームだからおいしいわよ」
マダムにうながされるままに、わたしはクリームをつけてスコーンをいただく。すうっと吸い込まれるように溶けてゆくクリーム。
「何これ、おいしい!」
濃厚なのにバターよりさっぱりしていて、ほのかに甘くて、スコーンとの相性はばっちりだ。ジャムの余韻とクリームの広がりを残したまま紅茶をひとくち飲めば、口の中はまるでメリーゴーラウンド。これって、現実にあるメルヘンだよ! そして、鼻に抜けてくる紅茶のその香りがかぐわしい。
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