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4
夜、再び老婆がカオルの部屋の扉をノックした。
「カオル、起きているかい?」
「はい、おばあ様。起きています」
いつも通り、スープを持って来た老婆は、ベッドの方を見て目を見開いた。
いつもならベッドで横になっているはずのカオルが、ベッドを降りて窓辺に寄りかかりながらこちらを見ているものだから驚くにきまっている。
「か、カオル。まだ寝ていないとダメじゃないか、身体に障るよ」
スープを机の上に置き、ゆっくりと近付く老婆にカオルは額から汗を流しながら笑みを浮かべた。
「ベッドで寝ている方が身体に障ると思いすよ?」
「な、なにを言って……」
カオルが爪先で床を叩くと、ベッドの下に隠れていたリアがベッドを持ち上げひっくり返した。
木製で藁のシーツだったからできたこと。剥がれるシーツの端を掴み、リアはそれを広げた。
「魔法陣、これはおそらく人の思考回路を奪わせ魔力を吸い取る形式のものだと、彼女が教えてくれました」
「正確には神父様だけどね」
昼間、全てを悟ったカオルはリアを部屋の中へ招き入れた後、自分の眠っていたベッドを調べてもらい、この魔法陣を見つけた。
そして、魔法陣を紙に写し、リアに持たせると、この魔法陣が何を作用しているのか調べて貰ったのが事の顛末だ。
リアはカオルの前に立ち木剣の先を老婆に向ける。
「どうして、こんな酷いことをしてるの? 神父様が言ってたよ、魔法使いたちは自分の中の魔力が完全に無くなったら衰弱死するって、それなのに……」
「どうして、だと? そんなもの決まってるだろう! 生きるためさ!!」
「きゃっ!」
老婆が腕を振るうと、黒い靄がリアの木剣を払いのけ、壁に叩きつける。
ジンッと痛む手を抑えている間に、もう一波、今度はリアの腹部に当たり、リアの身体を壁に叩きつけた。
「……っあ!」
カオルは手を伸ばし、声を出しかけたが、まるで喉に重石で蓋をされたかのように声が出ない。
ならばと、足を動かそうにも、弱っている身体は立っているだけで精一杯で、震えが止まらなかった。
その間にも、老婆はリアの元へ行き、前髪を掴み上げ、反対の手でリアの頬を掴んだ。
「ふんっ、この子供の魔力はかなりのもんなんだよ。少しずつ少しずつ頂いて何が悪い。別に殺しはしないさ、こんなにも甘美な魔力ははじめてだからねえ、よぉぉく味わって長く飲み続けたいんだよ」
「……ゲス!」
「口の利き方に気を付けな! ……そこまで言うなら、お前の魔力も奪ってやる。ただし、カオルと違って一気にな!」
グンッと、全身の力が一気に抜けた。
老婆の掴む両手から、何かが吸い取られて行っているのが分かる。
「や、め……」
老婆に手を伸ばす自分の手が枯れ木のように細くなっていくのを見て、リアは涙を流した。
「止めろ―――っ!!」
カオルの絶叫と共に、老婆の身体が弾かれ、気が付けば白い縄で縛られていた。
「……え?」
「良かった、間に合ったようだね」
ヒラリと、窓の外からやってきた二十代くらいの好青年に、カオルが呆気に取られていると、リアの口から「しん、ぷ、さ……」と漏れたのを聞いて、耳を疑った。
(もっと、年老いた人かと思った)
こんなに若い人が神父だとは思わず、見つめていたが、神父はカオルの存在を無視して、リアを横抱きにし、額に人差し指を付けた。
神父の指先から緑色の光が溢れると、リアの身体も元の健康体へと戻っていった。
「ありがとう、ござい、ます、神父さま」
「君が、闇の魔法陣を見せに来た時に、後を付けさせてもらったんだ。そうしたら、君たち二人で魔女に立ち向かおうとするものだからさ、慌てて応援を呼んだんだけど、遅くなってすまないね」
「いえ、助かりました、あり、がと……」
フッと意識を失うリアを見て、カオルは駆け寄ろうとしたが、できずにその場に座り込んだ。
何もできなかった。
自分は何もできずに静観するしかなかった。
俯き、自己嫌悪に陥っていると、目の前に神父の靴が現れ、カオルが顔をあげると頬を叩かれた。
「……っ」
「君は自分自身の保身のためにリアを利用し、命の危険に晒した。この罪は重いものだよ」
返す言葉がなく、再び俯くカオルの肩に神父は手を置いた。
「けど、君の中に眠っている力は、本来は人を救う力でもある。使い方を学べば、彼女を助けることができるよ」
「僕に、眠っている力?」
「おそらく、力が眠っているせいで、直接的に君から魔力を取ることができなかった魔女は、食事に毒を盛り、身体が弱ったところで少しずつ君の魔力を取り続けていたんだろうね」
カオルは縄で縛られている老婆に視線を移した。
とても優しかった育ての親が、実は自分の魔力だけを目当てでいただなんて、信じたくなかった。
「これから、どうするんだい?」
神父の問いに、カオルの答えは1つだけだった。
「強くなりたいです。そして、今度は僕が彼女を守れる存在になりたいです」
カオルの答えに、神父は満足そうに笑った。
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