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荷物はそれほどなかった。
海が保管していた俺の貴重品と、瑞樹がくれた数着の衣服。鞄ひとつに収まるほどだ。
「周、本当に行くの」
瑞樹は最後までつらそうな顔をした。
「うん、ごめん」
色々考えて、瑞樹とはやはり別々に住むことにした。行き先は教えず、遠くへ行くと決めた。
海と離れるなら、瑞樹の近くにいるべきじゃないと思った。全員が傷付くだけだから。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「待って」
俺が行こうとすると、瑞樹は腕を掴んでまっすぐこちらを見た。
大袈裟なほど心臓が跳ねる。掴まれた腕が妙に痛い。
「俺、周のこと……」
駄目だ。この先を聞いたら、胸が捩れる。
俺と瑞樹は一緒にいられないのだから。いても、お互い苦しいだけだから。俺にも瑞樹にも、海を傷付けることはできないから。
「言うなよ……頼む。聞きたくない」
知りたくない。知ったら離れるのがよりつらい。
「今までありがとう」
「周……」
「瑞樹には本当に感謝してる」
感謝以外の気持ちはひとつも漏らさないように、慎重に言葉を選んだ。
「自分勝手だけど、俺のことは忘れてくれ」
嘘だ。忘れられたらきっと生きていけない。瑞樹に忘れられたら……。
でもあと一言、最後に一言、それだけ言うことができれば終わり。
今までだって痛かった。あとひとつくらい傷を負ってもそう変わりはしない。
「さようなら」
やっと絞り出せた声は、思っていた以上に小さく歪んだものになった。
瑞樹の手の力が緩み、掴まれていた腕がすとんと落ちる。
瑞樹が何かを言う前に、俺は背を向けた。
歩き出した瞬間、喉が焼け付くように熱くなった。
やがて頬に涙が伝い、それは一度溢れると呼吸ができないくらいに次々流れた。
瑞樹は追いかけてこなかった。
よかったと思った。もしもこんな顔を見せたら、瑞樹は俺を一人で行かせなかっただろう。それが誰にとって何の救いにもならないと分かっていても、きっと一緒にいてくれたはずだ。
――痛い。
これでよかった、これしかなかったのだと思えば思うほど、胸が痛くなった。
――痛い……痛い。
だけど今だけこの痛みを耐えれば、きっとあとは薄れていくだけだと、唇を噛んで掌を握り締めた。
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