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01 開かずの間
九十八、九十、九十二、九十六、九十五……歩きながら、頭の中で返却されたテストの点数を並べる。
──今までで一番良い。
そう、今までで一番良い。学年順位は三位。順位はやや調子が良いというところだろうか。皆が受験勉強をしなければいけない中、自分は推薦で大学が決まっており、テスト範囲だけに集中できた結果でもあるのだけど、理由はどうであろうといい。
──兄さん、褒めてくれるかな。
赤に変わった信号の前で立ち止まり、少しだけ期待する。
高校生活最後のテスト、推薦が決まった後では成績などもうどんなに落ちても構わなかったけれど、そのためだけに頑張った。
信号が青に変わり、足を前に踏み出す。
そこからしばらく歩いて、人通りがほとんどなくなった頃、森の入り口がある。家はその森を少し入ったところにあり、平屋ではあるが相当広かった。
「ただいま」
からからと引き戸式の玄関を開け、靴を揃えて中に入る。
それから自分の部屋に荷物を置いて洗面所で手を洗い、制服を脱いでシャツと靴下を洗濯機に投げ入れ、部屋着に着替えて台所へ。冷蔵庫から昨日買っておいた豚肉を取り出して、人参、玉ねぎ、じゃがいもと材料を並べる。今日の晩御飯はカレー。初めは慣れなかった家事も、今ではすっかり生活の一部だ。
十一の時に両親を事故で亡くし、十五の時に家政婦さんが辞めてから、家事は俺の仕事になった。
兄は十三才年上で、両親を亡くしたときから既に大手の企業に勤めており、俺を養ってくれている。家事をする暇などない。親の遺産がどっさりあったので新しい家政婦さんを雇うこともできたそうだが、俺も兄のために何かをしたいと思ったから、家事をしたいと言ったら任せてくれた。
鍋の野菜を炒めながら、今日は何時に帰ってくるだろう、と考える。
兄は夜遅くまで家に帰ってこないことが多い。晩御飯を食べないことも。食べないときは連絡がくる。今日は来ていないから、きっと家で食べてくれるのだろう。
一時間もすると、カレーができた。それを皿に入れて、一人でテーブルにつき、手を合わせてから食べた。
いつものことながらしんとした部屋は寂しく、何か音が欲しくてテレビを点けた。
パッと点いたテレビの中でタレントの人たちが笑っている。
つくりもののような明るさと、ひとつの電気で照らしきれない薄暗い部屋。明るい画面の中と、寂しい居間。アンバランスさを感じているうちに食事は終わる。
カレーを食べ終わって、手を合わせる。一人で「ごちそうさま」と言うとより寂しかった。
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