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「ん……」
「あ、周っ」
周が呻いたので、思わず声を掛けてしまった。
周はうっすらと目を開け、こちらを見る。
「……みずき……?」
周が顔を上げて、こちらを向いた。
周の顔を見たとき、ぞっとした。頬は腫れ上がり、目は内出血して、口の端は切れている。周は寝ぼけて目を擦ろうとして、痛みに驚いて手を離す。同時に、はっとしたように俺から顔を背けた。
「周……その顔」
ベッドに乗り込んで手をどかそうとすると、「やめろ」と言われる。
それでも手を開かせると、周は強く抵抗しても無駄だと思ったのか、諦めて痛々しい顔を晒した。
明らかに暴行を受けたのだと分かる酷い怪我に、胸の奥を突き刺されるような痛みを感じる。
「これ、何? 周、何があったの」
尋ねても、周は何も答えてくれない。
周が黙るから、泣きそうになった。
喧嘩しているから話してくれないのかもしれない。そうでないことは分かっているのに、とにかく許してもらおうと頭を垂れる。
「ごめんね……昨日、ごめんね。謝りたくて来たんだよ」
そう言うと、周は頭を撫でた。
「……ん、大丈夫だよ。怒ってないから」
何も喋らなかった周が、俺を許す為に口を開いてくれる。安心するようなやわらかい声でそう言われるとたまらなくなる。
「ねぇ、顔、どうしたの? 転んだんじゃないよね?」
顔を上げて訊くと、一度口を開いてしまった周は気まずそうな顔をした。
「これは、何でもないから……」
とても何でもないようには見えないのに、周はそう答える。また胸の奥を絞られるように切なくなった。
「……兄さんがやったの?」
尋ねると、周はやはり黙った。
やさしい周が否定してくれないということは、そういうことなのだ。嘘だ、と思いながら、気持ちが急いていく。
「なんで? 兄さんとも喧嘩したの?」
尋ねるが答えはない。
「ねぇ、周」
肩を掴むと、周は少し怯えたような顔をした。
「こんなのおかしいよ。周は繋がれていてどこにも逃げられないって分かってるのに、なんで兄さんはこんなになるまで殴ったの。喧嘩だとしても、間違ってるよ」
周の沈黙は続く。
いくら目を見ても、じっと待っても、周は苦しげな顔をするだけだった。
「分かったよ。周が話してくれないなら、兄さんに直接訊く」
その言葉を聞いてやっと、周は弾かれたように顔を上げた。
「駄目だ」
腕を掴まれて、泣きそうな顔で首を振られると、恐ろしく酷いことをした気持ちになる。それでも黙ったままでいると、周がそっと口を開いた。
「う……海は……」
周の声が震える。
「海は、俺に、怒ってるから……ずっと。仕方ないんだ。最初に海を裏切ったのは俺だから」
「どういうこと? 裏切ったって何? 分からないよ」
「分からなくていいよ。俺と海のことだから」
突き放すような物言いに悲しくなる。
「ねぇ、前の痣もそうなの。兄さんがやったの?」
問い掛けても周はやっぱり否定してくれない。
否定したところで、ここに来て周を殴ることができる人物など俺か兄しかいないのだから、全く無意味だ。地震で怪我したというのも、それを隠す為の嘘だったのだ。
「それじゃあ、ずっと殴られてるの」
兄がそんなことをしただなんて未だに信じられない。しかし現に周の体は傷付いている。
信じたくはなくても、周が答えなくても、頭では分かる。
「ねえ、周……ここから出よう。こんなこと続けてたら、いつか死んじゃうよ」
顔を上げて言うと、周は首を横に振った。
「ここからは出ない」
はっきりそう告げられて、横っ面を張られた気分だった。
閉じ込められて殴られるのなんて、誰でも嫌ではないか?
逃げたいと思うんじゃないのか。
「なんで? 俺、鍵見つけるよ。絶対に足枷も外すよ。そしたら出られるんだよ。出られるなら、出た方がいいよ。なんでこんなところに残るの?」
畳みかけるように周を問い詰めたとき、玄関の方から、「ただいま」と声が聞こえた。
ぞくっと背筋に悪寒が走るのと同時に、どうすればいいのか分からなくなる。
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