03 白と赤

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「周」  足早な足音が聞こえ、怒ったような兄の声が聞こえる。  扉一枚だけを隔てたその向こう側で、俺は息を潜めた。心臓が大きく脈打つ。 「鍵が開いていた。どういうことだ」  兄が周を問い詰める。  全身が心臓になったかのようにどくんどくんと煩い。  周がもし何かされたら、自分のせいなんじゃないか。  今さら、周の言葉に従って戻っておくのがよかったのではと後悔する。 「昨日、掛け忘れたんじゃないの」  周は静かにそう言った。 「俺はここの鍵を掛け忘れたことなんかない」  兄がそんなミスをするわけがないのは、弟の俺にだって分かる。周も苦しい言い逃れだと分かっていて言ったのだろう。それ以上は何も答えなかった。 「それに、家に瑞樹がいなかった」  兄が俺に話題を変えた瞬間、心臓が縮み上がる。  開いていた鍵と、家にいない弟。兄が何を言わんとしているのか。分かるから心臓が痛い。 「瑞樹が?」 「お前、知らないな?」  周はすぐには答えなかった。  沈黙が流れる。  周が追い詰められているのは、直接見なくても分かる。  そして次の瞬間、ガシャンガシャンと何かが倒れる音がした。  ──何?  けたたましい音に驚く。  扉の向こう側で何が起こっているんだ?  焦りだけが一人歩きをして、扉を開けてしまいそうになる。 「海、待って、いっ……」  鎖を引き摺るような音の後に、乾いた破裂音のような音が何度も部屋に響く。  周の右足首がよく赤く腫れていたのを思い出す。あれは鎖ごと引き摺られていたから? 「ごめんなさい、海、ごめん……っごめんなさい」  周はひたすら謝っていた。  しかし頬を打つような音は止まない。  ──周は、今、兄に殴られているのだ。  どうしても受け入れがたい現実を、やっと頭が呑み込んだ。  周がいくら出るなと言ったとはいえ、我慢の限界だった。 「周!!」  洗面所から飛び出して、目を疑った。  周は倒れた家具の下でぐったりして、ただでさえ腫れていた頬が叩かれて真っ赤になっている。  どうしてこんなに酷いことをされて逃げ出さないのか。俺が協力すれば逃げられたのに。こんなに痛い思いをせずに済んだのに。  俺が周の体を覆うように庇うと、兄の暴行はぴたりと止まった。 「瑞樹、こんなところにいたのか」 「兄さん……」  兄に冷ややかな目で見下ろされ、体が奥底まで冷える。  こんな兄は見たことがない。
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