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──周をここから出す。
急いで自分の部屋に戻り、通帳と財布、それから学生証を鞄に詰めて、工具を持って周の部屋に戻った。
風呂場からはシャワーの音が聞こえていた。平日だから、兄はこれから仕事へ行くのだろう。いや、もしかしたら休むのかもしれない。
どちらにせよ、今後周が安全である保障はない。無我夢中で、足枷の鎖のひとつを外そうとクリッパーのようなもので何度も挟み、力を加えた。ギチギチと音が鳴るが、なかなか外れない。そんなに太い鎖ではないのに、どの工具を使ったら一番良いのか分からなくて、そしてこの外し方が合っているという確信もなくて、焦る気持ちだけが募っていく。
兄が俺も周もそのままに放置していったのは、少なくとも逃げることはないと思っているからだろう。
逃げる気があると知れば、監視も管理も厳しくなるに違いない。
だから今、絶対に今、完遂しなければならない。この鎖を少しでも傷つけたなら、最後まで逃げなければならない。
外れろ、外れろよとクリッパーに全体重をかけんばかりに圧迫する。
すると突然、バキンと大きな音が鳴った。
──外れた。
緊張で上がった息を整えながら、外れた鎖に目を見開く。
しかし、気づくとシャワーの音がぴたりと止んでいた。
まずい。逃げなければ。早く。
力のない周の肢体をおぶり、足に力を込めて立ち上がる。
周の体は痩せていたが、それでもやはり成人男性だ。身長が特別低いわけでもない周を背負って軽々と歩くことはできない。
兄が気づく前に、早く。
庭へ通じている窓から外に出ると、恐怖と緊張がピークに達した。わけもわからず涙が零れる。
歩くことしかできないと思っていたのに、俺は周を乗せたまま、裸足で森を走っていた。それでもそんなに速くはなかったのだろうが、足を前に出すことだけを考えて駆け抜けた。周の右足首から垂れた鎖の断片が、何度も太腿を打った。
しばらく走って、一度だけ後ろを振り返った。足を止めると、背負っているものの重さがぐっとのしかかってきたように感じる。
自分の荒い呼吸音が聞こえる中で、自分の家の方向から、薄暗い霧の中で車のライトが光っているのが見えた。
──もう気づかれた。兄さんが追ってくる。
そう思うと、体が震えて動き出せなくなった。
逃げなきゃ。やり過ごさなきゃ。
考えている暇などないのに、頭の中が眩暈のように回って、息だけが上がる。
どれだけ速く走ったとしても、車で来られては森を抜けるまでに追いつかれる。しかし、森から出ないとタクシーは捕まらない。バスにも乗れない。電車はもっと駄目だ。駅まで歩くと三十分はかかる。
森は一本道だ。兄は必ずこの道を通る……そこまで考えて、そうか、と思った。
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