452人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
──兄を先に行かせて、その後で森を抜ければ……。
そうすれば、見つかるまでに時間を稼ぐことができる。森を抜けて、歩行以外の手段で遠くまで行けるかもしれない。
ただ追いつかれるよりは、逃げ切れる可能性が高かった。
俺は道から脇に逸れ、森を少し下って大きな木の後ろに隠れた。
遠くから近づいてくる走行音に心臓が煩く鳴る。
行け。気づかないでくれ。
息を詰めて耐えていると、タイヤが道路の上を滑り、遠ざかっていく音がした。
いつの間にか止まっていた息を吐き出し、体の力を抜く。また歩き出すため、周をおぶろうとして、やっと周が下を履いていないことに気づいた。
急いでいたから失念していた。それに、周は薄いシャツ一枚だ。
俺は周に自分のジャケットを着せ、前を閉めた。なんとか太腿のあたりまで隠れたが、相当際どい。
それでもそれ以外の衣服はなかったので、仕方なくそれで歩き出した。
森を抜けると、すっかり朝日が昇っていた。
日の光に照らされると怖くなる。隠れる場所がない。通学路の方に出ようかと思ったが、慣れている道に出たら兄に出くわす気がした。
いつも通らない道を選び、できるだけ車が通れない場所を、最初の方は選んで歩いた。
しばらく歩いていると、道路にタクシーが停まっているのを見つけた。
「あの! すみません!」
周をおぶっているので手を上げられず、タクシー運転手の窓の傍で呼びかける。
「乗せてください」
そう言うのが早いか遅いか、後部座席のドアが自動で開いた。急いで乗り込み、ドアを閉める。
「どこまで?」
「とにかく……少し遠くまで。県外がいいです。県外のビジネスホテル」
「……はぁ」
中年のタクシードライバーは、訝しげに返事をした。
「隣の県でも?」
「隣でいいです。早く着くなら、高速を使ってくださっても」
「はぁ、分かりました」
タクシーが、緩慢な動きで発進する。
だんだんと速度が上がり、あっという間に知っているバス停を通り過ぎていく。大通りを通るとき、体がガタガタと震えた。上手く息ができなかった。兄の車に似ている車があると、小さくなって身を隠した。ずっと周の手を握っていた。
最初のコメントを投稿しよう!