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県外に出てやっと、周の手を握る力が和らいだ。
「お客さん、随分顔が……その、酷いようですが」
運転手にそう言われたとき、俺は一瞬何のことだか分からなかった。
しかしすぐに周のことだと気づき、周を抱き寄せて顔を隠す。
「これは階段から落ちて……」
いつかの周と同じような言い訳をしている自分に、心底苦々しい気持ちになる。実際に尋ねられると、そんな言い訳しか思いつかない。
余りに下手な嘘だったからか、運転手は納得していない様子で「そうですか」と呟いた。
これだけの怪我を隠すだなんて俺でなくても無理だろう。
俯いて、ただ時間が過ぎるのを待つ。
早く離れたい。安全な場所に隠れたい。
だけど、兄なしで自分が生きていけるのだろうか?
本当にその覚悟があるのか?
兄のもとにもう二度と戻れないかもしれないという実感が、俺にはまだ湧かない。帰る家がないのだということが、どういうことなのか分からない。
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